制作プロジェクトHaLoを主宰するayakoが、音楽、写真などHaLoとしての活動について、また、mac、旅、映画、本、猫、食べ物、気になったニュースなどについて、徒然に綴ってます。


by ayako_HaLo

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若年性アルツハイマーと診断された50才の男性の日常を、少しずつ記憶が怪しくなって行く彼自身の目線と彼がつけた「備忘録」という日記という二つから描いた小説。

記憶を失うことは恐ろしい。また、記憶は本当にあやふやで頼りない。それは、本当に自分自身がいろいろなところで既に経験している。アルツハイマーの簡易テストの部分では、「自分も答えられないかも知れない」とも思い、彼の症状と自分の症状とは違うとも思い、全編身につまされながら読み進めた。

ぷちん、ぷちん、と何かが切れて、記憶が丸ごと消えて行くような不安。メモを取らなければまともに生きて行けない。メモを見返すことによって覚えていないことに愕然とする。メモの整理が追いつかなくなる。眠ると全てを忘れてしまうんじゃないかという危機感。どれも私にも程度の差こそあれ思い当たる。

一方で「忘れなければ生きられない」とも思う。悲しみも怒りも溜め込んでおくことが出来ないし、忘れてしまって楽しいこともあるのは事実。二度も三度も映画、小説が(ほぼ)ゼロの状態から楽しめる、とかね。

つい最近も喫茶店で、目の前で友人がウエイトレスさんに注文をしてくれた、その瞬間の記憶が丸ごと無くなっていて驚いたばかり。ひとしきり話した後、「ねぇ、注文してないよね」と言ったら「したよ」。

彼女がウエイトレスさんを呼んだ記憶まであるんだけど、その後はたぶん彼女のスカーフが素敵だったことに完全に心を奪われ、目の前のことをみじんも覚えていなかった。愕然とした。記憶「ハードディスク容量」の問題もあるけれど、頭の中で一度に展開できるキャパ「メモリ容量」の問題もあり、ハードディスクに書き込みが出来なかったものと思われる。がっくし。
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by ayako_HaLo | 2005-04-30 11:13 | books | Trackback | Comments(0)
友人が東京新聞の記事を知らせてくれた。

2005年4月28日東京新聞記事
「日本人が記録した 陥落 その日のサイゴン」

まったく知らなかったけれど、サイゴンが北ベトナム軍に陥落するその日の映像を記録したフィルムがあったんだ…。その監督さんを交えてのトークショーと30分のフィルム上映ということらしい。ベトナム戦争が終わって30年。本当のところを言うと、私には実感の乏しい歴史。

日時:2005年4月30日(土)17時〜19時
場所:浅草SHOWホール(台東区浅草2-10-1)
会費:1500円


問い合わせたら、この記事が東京新聞に出た後、問い合わせが多くて、既にこの日は一杯になってしまったらしい。それで急遽第二回目を組んだそうだ。日程とトークショーの参加者が監督以外は変わってしまう可能性あり、という以外は同じ。

◆◇◆「メコンに銃声が消える日」特別上映会のお知らせ◆◇◆
−−1975年4月30日「サイゴン解放」にシャッターを切った男たち−−

監督:楠山忠之、カラー・27分
日時:2005年5月11日(水)17時〜19時
場所:浅草SHOWホール(台東区浅草2-10-1)
 銀座線田原町下車5分、浅草演芸ホールとなり
会費:1500円
主催:福田記録写真工房(福田文昭)
 tel&fax 03-3874-0428 携帯090-3227-6134


それにしても東京新聞の中の以下の記述が引っかかった。
「当時はまだ、戦争報道は自由だったという。」
ベトナム戦争自体決して肯定できるものではないにしても、当時はその状況をつぶさに伝える報道の自由さがあった、というのは健全だったのではないか。だからこそ、反戦運動がきちんと機能した。今は、裏を返せば「戦争報道が自由ではない」。本当の悲惨さが伝わっていない。これが、一般の人たちの目から戦争を遠ざけ、反戦という方向に大多数の意識を向かわせない。ベトナム戦争でアメリカが学んだのは戦争報道を不自由にすることだったんだ…。そしてその教訓は日本にも伝わっている。
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by ayako_HaLo | 2005-04-29 15:44 | films/pics | Trackback | Comments(0)
澄川嘉彦監督は元々NHKに務め、このタイマグラ(アイヌ語で「森に続く道」という意味らしい)に住むじいちゃんとばあちゃんを取材したようだ。その後、NHKを退職して更にタイマグラに移り住み、ばあちゃんを15年間(!)撮り続けたドキュメンタリーフィルム。

1時間50分の中に15年がある。

じいちゃん、ばあちゃん好きの私としては「ばあちゃんもの」というだけで見たかった映画だったけれど、もっといろいろなことを考えさせてくれた。まだ言葉にならない。

山奥の昭和のホントの終わりになるまで電気も通っていない場所に開拓でいくつかの家族が移住して来たけれど、結局その中ではこのじいちゃんとばあちゃんしか残らなかった。二人の静かな暮らし。わき水があったから家をその場所に建てたと言うじいちゃんはタイマグラでばあちゃんに看取られて逝き、一人になってもばあちゃんは暮らしを変えなかった。

自然の中で豊作を祈り、春は大量の味噌を仕込み、「こぶし」の花のつき方で作物のできを占い、夏は畑で汗を流して働き、冬はお豆腐を作ったり、他には使い道のないほどの小さなジャガイモ(に恐らく火を通してから)皮をむいて針金に通し、せせらぎの水に数日さらしてから(凍り豆腐の要領で)中の水分を、凍らす、溶かす、を繰り返して乾燥させ「じゃがいも粉」を作ったり、編み物をして暮らす。

味噌作りは特に象徴的で美しい映像だった。ばあちゃんは小屋に味噌の麹が住んでいると言っていたけれど(だから大豆に麹を加えている様子はなかった)、それは本当に素敵な話だと思った。

私は都市に生まれ、都会に生き、何を失い、何を求めているのだろう。

『タイマグラばあちゃん』今後の上映予定などもこちら
澄川 嘉彦監督の書いた『映画「タイマグラばあちゃん」製作ノート』も面白そうだ。
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by ayako_HaLo | 2005-04-28 14:08 | films/pics | Trackback(1) | Comments(0)

『Q&A』恩田陸著

物語がQ質問とA答えという形式で進められる。週末のごった返す大型店舗で起こった謎の事件について解き明かされて行くんだけど、結局なんだったのか、という結末はちょっと横に置いておき、途中自分の中で考えさせられたことの方が怖かった。

もしかしたら人はかくも簡単にパニックを起こすのかも知れない。

同じいたずらを意図的に誰かがやったら、規模の程度はあっても、大事故に繋がるかも知れない。そのときそのパニックを引き起こす原因には武器も要らなければ、化学薬品も要らない。

恐らくもう既に人の心の中にパニックを起こす準備は出来ているんじゃないか。誰かが「オオカミが出たぞ」と叫べば、その真偽を確認する間もなく、走り出す。関東大震災の直後に「井戸に毒が入れられた」という根も葉もない噂によってたくさんの在日の人たちが殺されてしまったことをまず想い描いた。集団になった時の人が怖い。その時に自分が踏みとどまれるかどうかも含めて。

Q&A
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by ayako_HaLo | 2005-04-27 11:34 | books | Trackback | Comments(0)
ドキュメンタリー映像作家の森達也の書いたドキュメント本。彼がたまたま知り合った日本に留学中のベトナム人から、日本に翻弄され、日本で死んだベトナム阮朝の直系クォン・デを知っているか、と問われたことから彼はベトナムのラストエンペラー、クォン・デと革命家ファン・ボイ・チャウについて調べ始める。

彼自身がこの話に興味を持ち、調べ、映像でのドキュメンタリー作品にすることをあきらめ、本として成立させる過程、というドキュメントの部分と、クォン・デの生きた時代に目線を移しての「歴史読み物」として書かれている。

彼と同じく、全くクォン・デのことを知らなかった私は「またか…」と思いながら読み進めた。「またか」というのは、世界のあちこちに旅をする度に、「私たちの国で過去に日本はこんなことをしたんだけれども、知っているか」と幾度も問われ、その度に「知らない」ということに愕然として来たこと。何故、私はこれほど知らないのか。私の不勉強は第一に認めた上で、やはり「学校ではちゃんと教わらなかった」んだと思う。歴史の授業は小学校、中学、高校ともに前石器時代から始まり、近現代はほとんど時間切れのようにして終わったように記憶している。それは、今考えると意図的だったのか、とさえ思ってしまう。外に出た時に、知らないことでいつも恥ずかしい思いをしているので、ベトナムにはまだ足を踏み入れていないけれども、知らずに行ったら、またあの思いをするところだった、と思っていた。

読み進めるうちに、私は過去に犬養道子著の『花々と星々と』だか、『ある歴史の娘』だかの中でクォン・デにごく簡単に出会っていながら記憶にとどめておくことが出来なかったことも知る。(自分の記憶力のヒドさにもあきれる。やっぱり脳欠損だ)

森達也がクォン・デを知る旅は、そのまま私がクォン・デに出会う旅にもなった。フランスからの独立を夢見、日本にあこがれ、日本に掛けて、危険を冒してまでも日本にやって来たのに、大戦に突入して行くその日本に翻弄されるクォン・デ。

ある意味、ドキドキして歴史読み物を読み、ドキュメントを読んでいたとき、最後にまたショッキングな事実が。

あはは。何か宣伝みたい。

私が、つまり森達也がショッキングと思ったことを、他の人もショッキングに捉えるかどうか分からないけど、面白かった。クォン・デにも再度出会えて良かった。今度は私もこの名前を記憶にとどめておきたい。「知らない」ということは恐ろしきことなり。興味ある人は是非。『ベトナムから来たもう一人のラストエンペラー 』
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by ayako_HaLo | 2005-04-26 09:14 | books | Trackback(1) | Comments(0)
4月28日(木)高田渡さんを送る会
開場:12:00 / 開演: 13:00 / 終演:20:00予定
会場: 小金井市公会堂 (JR中央線武蔵小金井市より徒歩5分)
     小金井市本町6-10-13 TEL 042-383-1134
参加費: 1000円
発起人: いとうたかお、今井忍、加藤幸和、佐久間順平、佐藤GWAN博、シバ、中川イサト、中川五郎(アイウエオ順)
協力/問い合わせ: アルタミラピクチャーズ 03-5456-8581 (担当: 古野、土本、日永)

映画
「タカダワタル的」
東京:● 吉祥寺・バウスシアター
4月30日(土)〜5月13日(金)
レイトショー 21:15〜
*初日、タナダユキ監督舞台挨拶決定!*
東京都武蔵野市吉祥寺本町1-11-23
TEL.0422-22-3555

○ドキュメンタリー特集『 生命<いのち>のかたち 風のいろ』@下高井戸シネマ
4月23日(土)〜4月30日(土)モーニングショー&レイトショーにて

「永遠のハバナ」ユーロスペース現在9:30PMのレイトショーのみ。
5/7(土)-5/13(金) 12:00-13:40

「カナリア」
東京★3月12日(土)〜 4月22日(金) 
終了日程が出ていなかったのですが、終わってました。
 @渋谷アミューズCQN 03-5468-5551
 時間 » 10:45 | 13:40 | 16:35 | 19:30(終映 21:55)
他全国多数

テレビ
2005年4月27日 (水) 02:28〜03:23 放送(2005年4月26日 (火) 26:28〜27:23 放送)@フジTV NONFIX
#461 シリーズ憲法〜第25条・生存権「カケガエノナイモノ」

2005年5月4日 (水) 02:43〜03:38 放送(2005年5月3日 (火) 26:43〜27:38 放送)@フジTV NONFIX
#462 シリーズ憲法〜第9条・戦争放棄「忘却」

実は前二本見逃してしまった。どなたかビデオあったら貸して下さい。
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by ayako_HaLo | 2005-04-25 16:26 | plans | Trackback(1) | Comments(0)

映画『日本国憲法』

23日(土)に『映画 日本国憲法』完成記念上映会+シンポジウム−世界から見たわたしたちの憲法−に行って来た。

550席ある小ホールだったんだけど、私がたどり着いた上映開始10分前には「立ち見になります」という案内をしていて、会場の通路もほぼ人が座っている状態になっていた。来ている人たちの年齢の幅も広く、文字通り若者からちょっと歩くのが困難そうなお年寄りまで。2回の上映の間のシンポジウムも同じく超満員。企画の時の予想よりお客さんが入ったんだろうと思う。私はチケットを前売りで早々に買っていたし、ここまで人がいると思わなかったので驚いた。

映画は12人の日本、アメリカ、韓国、中国、シリア、レバノンなどの知識人(この言葉は好きじゃないけど)たちに日本国憲法について、特に第9条についてインタビューしたものをまとめたもの。日本国憲法成立の時の話や、50年代には既にアメリカの圧力もあり、当時の岸内閣が日本の第9条に変更を加えたがっている映像なども見ることが出来た。

「憲法というのは、民衆が政府に押し付けるもの」
「第9条こそが、日本のアジア諸国に対する戦後謝罪」
「憲法"改正"問題は、国内問題ではなく国際問題」

政府に大きな力を与えてはいけないのだ、きっと。大統領に力を与えすぎたアメリカみたいに。政府や大統領が「より良い」判断を下すとは限らないんだから。

60年前に制定された憲法で現状にそぐわなくなっているから改訂すべき、という議論もあるんだろうけど、第9条だけは、どうしてもどうしても守らなくてはならないと思う。現状に即していない自衛隊の海外派兵の方がおかしいのだ。戦争放棄なんて素晴らしいのに。

シンポジウムも興味深かった。
ユンカーマン
チョムスキーは911のテロをきっかけにして各国が長期温めて来た計画の実現に走ると言っていた。日本もまた米国のテロに直接関わりがあった訳ではないのに、大いに利用した。

アメリカではイラク派兵に反対を唱えるのが「兵隊や兵隊の家族を傷つける」という理由で難しくなってきている。

アメリカは南北戦争、第一次世界大戦、第二次世界大戦と、戦争が終わる度に軍縮して来た。ところが冷戦が終わり、ベルリンの壁が崩れた後は、軍縮どころか軍備増強に走り、防衛費は伸び続けている。

日本はアメリカと手を組んで集団的自衛権を行使するという方向に向かった。これは、現アメリカの政策に全面的に同意したのと同じことを意味するのだが、それで本当に構わないのか。


石坂
第9条が変えられたとしても、『徴兵』なんて言葉は決して使って来ない筈。国際平和ボランティアとか何とか言うに決まっている。もう既にボランティアは一年間義務参加しなくてはいけないことが決まっているんだから。そして、国民はもう一度だまされる。

ドラえもんの登場人物に例えるとアメリカはジャイアンで、日本はスネ夫。狡猾でうまく立ち回っているようだけれども誰もスネ夫のことを本気で相手にしていない。

従軍慰安婦に関わる漫画を書き、YJで掲載した後単行本にする時に、少女を拉致する男が日本軍の軍服を着ているのを「民間人に見えるように書き直してくれ」と出版社に言われた。社に対して何らかの圧力があった、というよりもクレームが来るのを畏れて、ということだったようで、「出来ない」と撥ね付け、最終的には元のまま出版された。今なら連載さえ出来ないのではないか。見えないところで変わってきている。



現行の憲法は前文の前に「天皇が裁可する」という条項があり、欽定憲法である。敗戦後、日本の国体は変わっていないのだ。

フジのNONFIXで「憲法シリーズ」のドキュメンタリーを撮り始め、第1条について、ということで天皇にアポイントメントを取って会うまでのセルフドキュメントを作ろうとしていた。撮り始めて2 ヶ月経過したところで編成から呼ばれ「手法に違和感がある」という理由(?)で変更を迫られた。企画書も出し、既に2ヶ月撮影に入っていたところだったのに。これは、別の手法で練り直したとしても同じことになると思ったので降りた。


「メディアの自主規制」は怖い。メディアの内部にいる/いた人間がこうやって話をしてくれている間はまだマシだけれども、それにしたって、メディア側が勝手に自分たちで規制をかけ始めたら、報道はどんどんある一定の方向に傾き流れて行ってしまう。その傾いた報道だけを聞いている(一般の)私たちは戦前と同じように扇動されてしまう可能性がある。自主規制とは闘いようがない。

国立国会図書館内の日本国憲法の誕生というサイト
日本国憲法が全部読めるサイト
「映画 日本国憲法」制作のシグロのサイト

映画の中で、「人柱になっても反対する」と言う沖縄のお母さんが出てくるが、沖縄の辺野古では基地移設反対が続いている。それに対して、数日前に動きがあったようだ。
http://www.okinawatimes.co.jp/day/200504211700_04.html
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-1511-storytopic-1.html

STOP THE BASE 沖縄辺野古ACT NOWのサイト。じゅごんの海を荒らさないでほしいっていうだけでも建設反対なのに、更に沖縄に米軍基地を作るなんて。例え移設でも。平和への願いは、広島、長崎、沖縄から。ホントは東京も焼け野原になった筈なんだけどなぁ。自分たちが前線に行くことにはならない/攻撃を受ける対象にならない人たちは痛くも怖くもないんだろうなぁ…。
「それより大切なことがある」なんて言い出しても、それこそが偽善だと思う。

追記
東京新聞内の「日本国憲法 逐条点検」。既にバックナンバーが結構な量。
「九条の会」オフィシャルサイト
中華民国総督府内の中国語で書かれた日本国憲法
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by ayako_HaLo | 2005-04-25 01:17 | films/pics | Trackback(1) | Comments(0)

高田渡さんを送る会

4月28日(木)
開場:12:00 / 開演: 13:00 / 終演:20:00予定
会場: 小金井市公会堂 (JR中央線武蔵小金井市より徒歩5分)
     小金井市本町6-10-13 TEL 042-383-1134
参加費: 1000円
発起人: いとうたかお、今井忍、加藤幸和、佐久間順平、佐藤GWAN博、シバ、中川イサト、中川五郎(アイウエオ順)
協力/問い合わせ: アルタミラピクチャーズ 03-5456-8581 (担当: 古野、土本、日永)

タカダワタル的の上映館もそれぞれ期間は短いけど数カ所で急に行われるようだ。
吉祥寺・バウスシアター(東京)/松山シネマルナティック/名瀬シネマパニック(鹿児島)/シネマ石垣(沖縄)

それから、母が佐賀新聞に渡さんの記事が載っていた、と送って来てくれた。佐賀県鹿島市に親戚があり、高校生の頃に鹿島に住んでいらしたんだね。佐賀新聞の記事はリンクを貼っても時間が経つと消えてしまう感じだったので、ここに無断全引用。2005年4月21日付「有明抄」という朝日で言えば天声人語みたいなコラムの記事。

 草むらに寝転がったり、若葉の下を歩くのが楽しい季節になった。沖縄出身の詩人、山之口獏は「歩き疲れては/夜空と陸との/隙間にもぐり込んで/草に埋もれては寝たのです/所かまわず/寝たのです…」(「生活の柄(がら)」)と浮浪者の詩を書いている◆「そんなぼくの/生活の柄が/夏向きなのでしょうか」と、浮浪者の秋のつらさが身にしむ詩だ。これに曲を付けて歌っていたのがフォーク歌手の高田渡さん。貧乏で酒飲み、大人の悲哀を歌う高田さんには多くの隠れたファンがいた◆五年前、佐賀市の小さなライブハウスで、高田さんを間近に見た。ステージでそのまま眠ってしまう、とのうわさは聞いていたが、その日も酒でふらつき加減。が、歌い出すと声は優しく張りがあり、独特の味があった◆いつ倒れてもおかしくないと思っていたら、北海道公演の後、ホテルで具合が悪くなり、病院に運ばれ、亡くなった。実は高田さんは、佐賀にも縁がある。十八歳のころ、父を亡くし、鹿島市の親せきの林家にしばらく引き取られた◆当時、小学五年生で一緒の布団で寝たという林圭一郎さん(48)は「背中にギターとバンジョーを背負って、鹿島実業高の定時制に行ってました。アメリカのフォーク歌手ピート・シガーから手紙の返事が来た、と喜んで見せてくれた」と思い起こす。林さんは東京・吉祥寺のカトリック教会での葬儀にも出席した◆神父は「国が認めない人間国宝、パウロ高田は焼鳥屋のカウンターが祈りの台だった」と言い、筑紫哲也さんは「これから一緒にタカダワタル的人生をやろうと思ってたのに」と悔やんだそうだ。せめて佐賀でも高田さんの映画「タカダワタル的」の上映会でもできないだろうか。(寛


佐賀でも「タカダワタル的」の上映会できるといいね。
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by ayako_HaLo | 2005-04-23 11:51 | friends | Trackback(2) | Comments(0)
初めてパスポートを作ったのは小学校の6年生の時だった。佐賀市の若楠少年少女合唱団の公演で韓国の釜山市を訪れた。飛行機に乗って一時間半ほど。あっという間に初めての異国に到着した。あちらの少年少女合唱団との合同のコンサートで一緒に「アリラン」を歌った。意味は全く分からなかったけれど。

「こんにちは」「ありがとうございます」「トイレはどこですか」
事前に覚えて行った言葉はこれだけ。よっぽど唱えたんだろうと思う。今でもこの三つは言える(通じるかどうかは別にしてw )。たったこれだけの言葉しか分からないのに、釜山の合唱団の団員との交流は心に残り、二日間の予定を終えて別れる時には、別れを惜しんで全員がぼろぼろ泣いていた。小学生には言葉が必要なかったのかもしれない。

バスのガイドについた朴(ぱく)さんという女性の日本語がとてもうまかったのを覚えている。そして、日本のことを良く思っていない人たちも中にはいるから、バスの外で日本語で話をしない方がいい、なんてことを誰に言われたのか覚えていないけど、言われたことも覚えている。小学生の私は「何故外で日本語を話さない方がいいのか」ということはたぶん全然分かっておらず、また旅程の全てが団体行動で全く自由時間もなかったので、ガイドの朴さんと合唱団の関係者以外とは何のふれ合いもなかった。

ホントに子供だったのでこの釜山公演のいきさつも、何故一度だけ行われたのかも知らない。ただ、子供の私の心に、とても近いところにある国で、何だか日本語を話すことは問題がありそうだ、ということを植え付けた。そして、それ以来、行きたいと言う思いはありつつ、その後まだ足を踏み入れていない土地の一つ。大人になってから、侵略したり日本語の強要を行った歴史があることなど日本語の問題も理解し始めた。

"yellow"を制作する時に、アジアの人たち、中国、韓国の人たちと何らかの関わりのあることを収録したい、という思いがあって模索している時に茨木のり子さんの訳された『韓国現代詩選』(花神社)に出会った。結局"yellow"にはこの本に収められている「つつじ」という姜(カン) 恩喬(ウンギョ)さんの詩(を茨木さんが日本語に訳されたもの)に曲をつけさせてもらって収録した。「タルレタルレチンダルレ」と茨木さんが原語のままカタカナで残された部分もとても美しい。(今、姜恩喬さんについて検索をしてみたら、「林」という詩を載せているこのページを発見。彼女が釜山東亜大学校で教授をされていることがわかった。これまで連絡が取れなくて、"yellow"のCDを送れていなかったので、再度トライしてみるつもり。インターネット凄い!)

恐ろしく前置きが長くなったけれど、今日書こうと思ったのは『言葉が通じてこそ、友だちになれる〜韓国語を学んで』について。茨木のり子さんと金裕鴻さん(ハングル講座の先生。50歳になってから韓国語の勉強を始められた茨木さんの先生)の対談という形で進むこの本。とても読みやすく、更に韓国は近くにあるのに自分がホイホイと気安く出かけられずにいる理由も再確認できた。過去にあったことに対する情報認識の差と言葉。韓国を日本が侵略した歴史について自分が知っているとまだ思えないのだと思う。小学生の時に植え付けられた韓国で日本語を話すことへのトラウマもあるかもしれないと、今思い至った。言葉の方も小学生の時に学んだ三つの言葉から進歩していないし。いつか韓国語も学びたいと思う。

学びたい言葉はたくさんある。つまり、友だちになりたい人たちがたくさんいる。あぁ、語学の天才だったら良かったのになぁ。

この本は日本と韓国の文化、「あたりまえ」の違いなどにも話が渡っていてとても興味深かった。自分の中に韓国的な開放的な部分も発見したし、やっぱり日本人だ、と再認識した部分も。「パンガプスハムニダ(会えて嬉しいです)」「ケンチャナヨ(構いません。いい加減でも大丈夫みたいな意味?)」も素敵な言葉。

お互いを知らないことには仲良く出来ない。今はマスメディアなどを通じた情報が先にたくさん届くから、知らないのにちょっとだけ知っている気になってしまうのが怖い。仲良くなってから一緒に遊びに出かけようとする日本人と、良く知らないから仲良くなる為に一緒に遊びに出かけようとする韓国人。私ももしかしたら、まずは出かけてみることが大切なのかもしれないと思う。行ってみてからもっと韓国語/韓国について知ったらいいのかもしれない…。

反日の報道に対して、そこの部分だけが大きく報道されすぎているのではないか、という気がしている今日この頃。日本の国内で火炎瓶だの銃弾だの過激に反応している人たちが、大多数を代表していないのと同じように。数がかなり多いことは心配だし、日本人は元々過激に反応する人たちではないから、心の中に少しずつ降り積もって行く嫌悪感の方が怖いのだけれど。
もっと知りたい。仲良くなりたい。
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by ayako_HaLo | 2005-04-22 19:12 | books | Trackback(2) | Comments(3)

久しぶりに風邪引いたか

先週末くらいから、鼻水、くしゃみが出始め、ついに「花粉症か」と思っていたんだけど、今週頭くらいから何だか喉がイガイガし始め、おとといより昨日、昨日より今日ヒドくなってる。鼻水〜痰〜咳。良くない兆候。

うがい、鼻うがいして休んでしまおうと思う。頭もぼーっとして働きも落ちてきているから。

ここ何年か風邪を引いていなかったから、ちょっと残念。私の毎日の(お風呂での)鼻うがいという風邪防止対策も破られてしまったか。早く治そうっと。
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by ayako_HaLo | 2005-04-21 14:02 | health | Trackback | Comments(5)