「ほっ」と。キャンペーン

制作プロジェクトHaLoを主宰するayakoが、音楽、写真などHaLoとしての活動について、また、mac、旅、映画、本、猫、食べ物、気になったニュースなどについて、徒然に綴ってます。


by ayako_HaLo

<   2005年 09月 ( 24 )   > この月の画像一覧

何とか山を乗り越えた

26日に声が無くなった後、27日に入っていた仕事の予定は全て移動してもらうか、キャンセルさせてもらい、28日29日は怒涛のスケジュールだった。「超売れっ子みたい〜」と冗談を言っていたけれど、心中かなり「大丈夫だろうか…」という不安との闘いでもあった。

28日(水)
朝イチ:近所の耳鼻咽喉科で吸入治療
午前:NHK ETV特集「9.11 日本人遺族の4年」(10月1日(土)教育テレビ22:00~23:30)

前日から全く声を出さないままスタジオ入りして、最初に出した声は、かなりかすれていた…。前のテイクとの関わりがあったので、ダメだろうなぁ、という声だった。前回収録してあった声との「差」がかなりあったにも関わらず、ゴーサインを出して、とても気を使っていただき、私の声の収録後、前の声に恐らくだいぶコンプレッサーをかけるなどのデジタル処理をされたのではないかと思う。どういう仕上がりになっているのか私もまだ見てない。

午後:松永孝義スペシャルバンドリハーサル
2005年10月3日(月)
open: 19:00 / start: 20:00
place: 心斎橋 CLUB QUATTRO (Shinsaibashi, Osaka)
ticket: \3,500 (numbered 整理番号付き, w/1 drink 1ドリンク付, tax included 税込)
all standing オールスタンディング
問合せ先(information)心斎橋 CLUB QUATTRO06-6281-8181

2005年10月4日(火)
open: 18:30 / start: 19:30
place: 名古屋CLUB QUATTRO (Nagoya, Aichi)
ticket: \3,500 (numbered 整理番号付き, w/1 drink 1ドリンク付, tax included 税込)
all standing オールスタンディング
問合せ先(information)名古屋CLUB QUATTRO052-264-8211

2005年10月6日(木)
open: 19:00 / start: 20:00
place: 渋谷 CLUB QUATTRO (Shibuya, Tokyo)
ticket: \3,500 (numbered 整理番号付き, w/1 drink 1ドリンク付, tax included 税込)
all standing オールスタンディング
問合せ先(information)渋谷CLUB QUATTRO03-3477-8750

これは、コーラス/ボーカルとして3曲参加予定…なのだけれど、27日のリハーサルはお休みさせてもらったし、28日のリハーサルもほとんど声を出さず、聞かせてもらうだけ。会話はほとんど「筆談」。本番までには声を治すので、ゼヒ来てね。

夕方:リハの最後を抜けさせてもらって、急遽紹介してもらい、通常の時間ではない時間に「気功整体」の先生に診ていただく。声帯を保護する漢方薬をいただく。

夜:CMのナレーション。こちらもダブルスタンバイで二人収録したものの、私の方を気に入って下さったようで、二本録ったうちの一本を再収録か?という状況。まだ未決。

29日(木)
午前:近所の耳鼻咽喉科で吸入治療
午後:CSのドキュメンタリー番組「三代の恋物語」ナレーション(放映日時未確認)。前日より少しは良くなったモノの、この日もかなりハスキーボイス。30分番組ながら、最後まで声が持つのかどうかヒヤヒヤしていたけれど、何とかハスキーボイスのまま最後まで収録を終わらせてもらった。

夜:フジテレビ新番組「一葉の想い」(10月1日(土)から毎週23:24〜23:30)

これも27日に収録が予定してあって、新番組ということもあり、関係者全員勢揃いでの収録となるはずだったのを日時変更していただいたもの。番組自体は正味3分切る程度だけれど、立ち上げの印象になってしまうので、とても心配していた。これも何とかまとめていただいた。

CMの録りが一本だけ再録ということになっているけれど、お陰さまで何とか全ての仕事に穴を空けずにみなさまにまとめていただいた。本当に感謝、感謝。そして、ここを覗いて励ましのメールを下さったり、コメントを書き込んで下さった方達にもとっても大きな感謝。本当に「お陰さま」です。

一つ大きな山を越えたけれど、次の山は松永孝義ライブツアー。話し声はだいぶ戻って来たものの、歌おうとすると高音は×。ライブまでには何とかなります、何とかします。(←呪文)
[PR]
by ayako_HaLo | 2005-09-30 11:09 | HaLo news | Trackback(1) | Comments(13)

声が出なくなった…

25日の夕方、祖母の一周忌を終わった辺りから声がかすれておかしくなり、ついに夜には出なくなった。一晩ちゃんと寝ても良くならず、26日には急遽佐賀で耳鼻咽喉科にかかった。

診断は声帯炎と気管支炎。内視鏡の診察もしてもらい、炎症の度合いを見る為の血液検査もしてくれた。

27日には三件の声を出す仕事が入っていることを伝えて、少々荒っぽいことでも構わないので、出来る限り「早急に」声が出るようになる治療をお願いし、フルマリンという抗生物質のアレルギーがないかどうかのテスト(生理食塩水を対照実験に用い、少量ずつを皮下注射し、10分後の経過を見るもの)を行った後、30分ほどかけてフルマリンを75mlほど点滴をしてもらった。

「できるだけしゃべらないこと」
「できるだけ休養すること」

言い渡されたのは以上で、抗生物質の薬と、ぜんそくの時に吸引するアルデシンという噴霧吸入剤を処方されて、家で出来る限り休む。翌日27日に予定されていた3件は全てキャンセルか日程の再調整を行ってもらった。午後再度病院に吸入治療に行き、飛行機で東京へ戻る。湿らせたマスクをして首もスカーフで包み一言も話さずに。

26日夜はゆっくり睡眠を取ったものの、今朝、声は戻らず。再度近所の耳鼻咽喉科に行って、声帯は特に治りが遅いことを聞かされた。それでも出来る限りのことをしたいとお願いして、服用する抗生剤の強さと量が上がった。更に咳止めと、肺を広げるパッチなどを処方していただいた。

「沈黙療法」と「休養」

咳も含め、できるだけ声帯を使わないこと。

これが風邪から来たものだとすると、今回不思議なのは、この声帯と気管支の炎症以外の症状がないこと。咳や痰はこの炎症から出るものの、熱もなければ痛みも鼻水も無い。頭が冴えているから、普段具合が悪い時のように眠り続けることも難しい。食欲も普通。

一体何なのだろう。

今回は、自分が声を失ってしまうことを本気で想像させられた。私という人間の「価値」は声を失うことによって随分下がってしまうような気がする。主に「経済価値」がほぼなくなってしまう、という意味において…。

普段ほとんど頼りにしない西洋医学、現代医療、所謂「薬」に頼ってしまっている丸二日。普通の人よりも入念に行っているつもりの普段の自分のセルフケアが足りないこともわかってしまった。

今日の予定は全てキャンセル。延期していただいたのに延期した明日の様子もままならない現状。頭が冴えすぎていて眠れるかどうか分からないけれど、ちょっと眠ってみるつもり。今は休んで様子を見ることしか出来ないもどかしさ。かえって高熱でも出て、眠らせてくれた方が楽なのに…。これは「何かを考えろ」ということなのか…。声を失うことについては考えていかなくてはならないような気もする。

10月1日にOAが予定されていたNHKドキュメンタリーETV特集「911 遺族の4年」という番組のナレーションは今朝収録予定だったものを再調整していただいたき、ギリギリ明日の朝スタジオで「試し」てみてその場で判断を下すようなことになった…。ハイビジョンで収録した2時間番組の再編集部分だけの収録予定だったのにも関わらず、声の問題で収録が危うい。言葉も無い。

ご迷惑をおかけしているみなさま本当に本当に申し訳ありません。
[PR]
by ayako_HaLo | 2005-09-27 15:44 | health | Trackback | Comments(23)

季節の変わり目

今日の明け方、相方のおばあちゃんが息を引き取られた。

先週から足のボルトの調子が悪いということで入院されていることは知っていて、そっちの手術はうまくいって痛みも無くなったと聞いていたのだけど、昨日「具合が悪そうだ」という連絡を受けて、今日病院にお見舞いに行こうとしていたところだった…。

青森のアクセントが強くて、何を言われているのか分からない時もあったけれど、「わからない」というのも楽しかったし、細くてちっちゃくていつもニコニコしているおばあちゃんだった。育った時代もあって字が読めない/書けないと聞いていた。そんな時代があったことを時々忘れそうになるけれど、そんなおばあちゃんがいたことを忘れないようにしたい。

去年の今頃、私の祖母も他界した。
フルタイムで働く両親の代わりに小学校を卒業するまでの私(と弟)を「育ててくれた」祖母だった。そして、お見舞いに向かう為の飛行機の手配も全てすんでいたのに、数時間だけ間に合わず、私も最後のお見送りをすることが出来なかった。

その後、何度となく夢に現れては「お別れ」させてくれているのだけど…。

亡くなってしまうということは、物理的に会って顔を見たり、触れたり、言葉を交わすことはできなくなってしまうから、とてもとても悲しいことなのだけれど、その物理的な悲しみを超えたところでは、精神的には「いつでも届く位置にいてくれている」ような気がすることがある。こんなことは、去年の今頃は考えてもみなかった。

去年の9月は、ギリシャ人の大好きな友人を突然失い、続いて数日後に祖母を亡くし、沈みに沈んでいた時期だった。

9月というのは、暑かった夏がゆるみ始める頃。私たちも気を張ってがんばって山を越えた後、一息つくところ。そんな時期には、ふ〜っと召されてしまうのかもしれないな。

両おばあちゃんの法要、法事でしばらくバタバタする予定。今夜はお通夜で、明日は佐賀で一周忌、かなぁ。みなさまも、季節の変わり目、くれぐれもご自愛ください。しばらくアップできなかったらごめんなさい。
[PR]
by ayako_HaLo | 2005-09-24 10:59 | friends | Trackback | Comments(2)
残念ながら最後の露草以外の名前を知らない。教えて下さると嬉しいです。草花って可憐だよなあ。

b0024339_1321770.jpg
b0024339_134637.jpg
b0024339_1335424.jpg
b0024339_1353680.jpg

[PR]
by ayako_HaLo | 2005-09-23 05:56 | my photos | Trackback | Comments(4)
ネット通販をしたことがある人で、アマゾンで本を買ったことが無い、という人はあまりいないのじゃないかな、と思う。私自身もアマゾンは、

検索が便利
配送料も1500円以上注文すれば無料
書店に行っても普通は在庫していなさそうなものもある
「マーケットプレイス」という中古を扱う仕組みもうまく使えば資源の有効利用になる
注文するとほとんどが気分的には「すぐ届く」(24時間以内に配達という本もある)

というような理由で利用して来た。家に居ながらにして、検索が簡単、注文が簡単、送料がかからない、すぐに届くと来たら、街の小さな書店はよっぽど在庫の本を特化させてその分野の本のことなら店員さんがスゴク詳しいとか、1500円に満たない本を中心にするとか、雑誌などのすぐ「古くなる」ものを中身をちらっと見てから買える、というような利点をアピールしていかない限り太刀打ちできないな、とずっと感じて来た。大型書店には、その店内の膨大な在庫の中から中身をぱらぱらと見てから決めることが出来るという利点もまだあるし、例えばこの辺で言ったらジュンク堂などは書店内でゆっくり読んで決めて下さい、というスタンスとスペースがあるけれど、小さな街の書店にはその体力/スペースがない。いずれ、大型という形の特化も含め、よほど特化された書店とネット書店だけになってしまうのだろうな、とはずっと思っていた。でも、それは現状の書店がどうなっていくか、という想像であり、どうやって私が注文した本が私の手元に送られて来るのか、分かっていなかったし、想像もしていなかった。

バーコード管理でかなり自動化しているのか、と思っていたのだけど、この本を読んでみて、本は大きさも厚さもまちまちだから、ほとんど自動化できていなくて、ほぼ全ての作業がマンパワーで行われていたことが分かった。

アマゾンの配送を担当するのは、日通の子会社であり、その子会社の持つ配送センターには常時数万点の本が在庫してある。この在庫分が24時間以内に配送ができるという表示のある本ということになる。そして、その本が在庫してある巨大な倉庫の中を時給850円の「アルバイト」が走り回って本をピックアップしているのだった。目標として掲げられているのは一分間に3冊探し出すこと。巨大な倉庫を想像すると、この数字は文字通り「走り回らなければ」達成できない数字のように思う(実際普通はがんばって2.5冊程度らしい)。そして、リストに載っている本を探し出したところで、自分の「スピード」が表示され、自分の「成績」を認識させる仕組みになっており、アルバイトの契約期間は2ヶ月に決まっているから、成績の悪い(スピードの遅い)アルバイトは2ヶ月でさようなら、という「恐怖」にいつも向き合っている。

このアルバイトの現場に筆者自身が4ヶ月ほど潜入した部分が中心になっているレポート。

「誰にでもできる仕事」
「考えることを全く要求されない仕事」
「機械の一部になることを要求される仕事」
「人間として全く大切にされない仕事」

この本が本当に示しているのは、アマゾンの内部の話ではないと思う。私たちの住む社会がどういう社会に向かっているか。

今、随分いろんな局面で世の中の「二極化」が進んでいることを強く感じているけれども、「働く」という意味において、人間として扱われなくなる集団が出て来ることの恐怖。配送センターで働いているアルバイトの人たちの中で、アマゾンで本を買ったことのある人というのは、この筆者の周りにはいなかったのだそうだ。ここでも顕著に二極化が進んでいる。時給850円(筆者がアルバイトをスタートした時点では900円だったのが、その後採用を始めた人たちに関しては850円になったらしい)で、しかもその日の予定作業が終わってしまったら、その場で仕事が終わってしまうような雇用形態。つまり収入が不安定。雇用する側としては「残業代」を支払いたくないからよっぽど忙しい時以外1日8時間の仕事が最大になるようにシステムが組まれているから、それで週に5日働いて月に20日勤務と考えたら、月給は、138,000円。その人たちの家にはパソコンもインターネットもないかもしれない。2ヶ月先以降の保証も保険もないだけでなく、作業に慣れて「熟練」することも無い。いつでも代替可能。

今、かなりたくさんの「仕事」がどんどん全く同じような方向に向かって行っていないか…。かなりたくさんの職場が、人を代替可能なパーツとして認識し、社員として抱えることさえ止めて、派遣社員やパート、アルバイトなど「いつでも切れる」「いつでも代えられる」状態に向かっていないか…。たくさんの人たちが程度の差こそあれ働きながら「鬱」を感じていたり、引きこもりになったりしているのは、この社会の向かっているマズさを感じているからなんじゃないか…。

アマゾンで買い物をしている側にいる、インターネットにアクセスしている側の人も、お金しか価値を持たない世界だけに暮らしていれば、いつかお金の途切れる時が来るのではないか、自分も代替可能なのじゃないか、という不安を持ったまま暮らさざるを得ないと思う。それは、暮らしやすい世界か…?

アマゾンも含め、相手の見えないインターネットショッピングだけど、これから買い物をする時は、今までと同じ気持ちでは買えない気がする。相手の顔の見える、「ありがとう」と言う相手のいる生活をしたい。それは私自身の精神的安定のためでもある気がする。相手と私をいつも入れ替えて考えてしまうから…。
[PR]
by ayako_HaLo | 2005-09-22 12:14 | books | Trackback | Comments(0)

グラノーラを作る

毎日食べる訳じゃないのだけど、「ちょっとだけお腹が空いた時に…」「時間がない時に…」「一人で何か作るのが面倒くさい時に…」という時のためにシリアル、特にグラノーラはだいたい家に常備している。(ヨーグルト大さじ3杯くらいと一緒に食べる)

で、いつものクセで、「グラノーラってどうやって出来ているんだろう…?」という疑問が出て来て、検索をかけてみた。

グラノーラの作り方(どうもE-STATE ONLINEという不動産会社のページの一部みたい?)を見つけた。

なんだ〜、作るの簡単だったんだ。そうなると、もちろん自分で作る。材料だって、自分の好きなものを入れたらいい訳で、甘さだって自分で調節できるし、自分で作るメリットいっぱい。

上の作り方のサイトの材料を参考にしたけれど、私が使った材料は;
b0024339_121488.jpgオートミール 3カップ
ハチミツ 大さじ2
お湯 カップ1/3
黒ごま 大さじ3
炒りぬか 大さじ3
ミューズリー (細かく砕いたシリアルみたいなもの?) 大さじ3
かぼちゃの種、松の実、クルミ(砕いて)などナッツ 1/2カップ
レーズン、ナツメヤシ、イチジク、クコの実などドライフルーツ 1カップ

1) ドライフルーツ以外をボールの中に入れ、ハチミツをお湯で溶いたものを全体に回してまぶす。
b0024339_1215193.jpg2) 作り方のサイトでは、キッチンペーパーに油をしいて…と書いてあったけれども、油なしでオーブン用のキッチンペーパーの上にまんべんなく広げる。
3) 150度くらいのオーブンに入れ、途中かき混ぜながらまんべんなく火が通る/薄く焦げ目がつくように1時間ほど乾燥させ仕上げる。
4) 好きな大きさに刻んでおいたドライフルーツと混ぜ合わせ、冷めてから保存瓶に入れる。

まぁ、なんと簡単。しかも、市販のより美味しい。胡麻の味が効いているし、自分の好きなドライフルーツやナッツを入れられるからお気に入りのものが作れる。はっきり言ってその時に家にあるもので作れてしまうところがいい。

一回目は、グラノーラを作る為だけにオーブンを使ったのだけど、時間も長いし何となく勿体ない気がしたので、二回目は上段でパンやビスコッティを焼いている時に、下段で乾燥させるようにしてみたら、これまたぴったり。同時にパンとグラノーラが出来上がる。今まで使っていなかったエネルギーまで利用できて満足。直接熱が当たらない代わりに、パンを焼く時の温度は高いので、鉄板の方から色が変わっていた。上で焼くパンやビスコッティを入れ替える度にかき混ぜるというかき混ぜのタイミングもちょうどいい。

当分、パン+ビスコッティ+グラノーラというセットで作るというのが定着しそう。次はオートミールじゃなくて「押し麦」でも出来ないかやってみよっと。二度目はコーンミールを入れてみたけど、それもいいみたい。
[PR]
by ayako_HaLo | 2005-09-21 12:23 | foods | Trackback(1) | Comments(2)
オクラと並んで今年一番元気で、活躍してくれた「草」たち。

特にバジルは2株から食べきれないほど茂ったので、保存用に収穫してみた。
b0024339_9414826.jpg葉っぱだけ摘み取って、重さを量ってみたら120gあった。新芽の部分を残したので、もう一回くらい同じことが出来るんじゃないかと思っている。反省点もあるので、次回はその反省点も活かしたい。

1) ざっと水洗い。水気を切る。
2) フードプロセッサーがあったらそれでやったらすぐなんだと思うけれど、うちには無いから、包丁で細かく千切りにする。
3) すり鉢にバジルを移し、すりこぎで擦る。
4) オリーブオイルと塩を加えよく混ぜる。
5) 煮沸した瓶に詰める

b0024339_9462015.jpg出来上がり。120gから1瓶半のペーストが出来た。自分の収穫から保存食を作れた、というのは何だかとっても嬉しい。

失敗点/反省点
さっと水洗いをして水切りをした時に、すぐに作業を始めたかったのもあって、布巾で水気を軽く拭いた状態で刻み始めてしまった。結果、随分と水気の多いペーストになってしまった。また、塩の入れ具合が掴めずに、適当に入れたら思ったより塩気の強いペーストになってしまった。使う時に注意が必要。

実はこの二つの失敗をふまえて、うちで取れた紫蘇(大葉)で、シソペーストも作ってみた。材料は、オリーブオイルの代わりにごま油。この時は、洗った紫蘇を新聞紙の上に広げて数時間水気を飛ばしたので、ほぼ乾いた状態で作業を始めることが出来、仕上がりもぐんと良くなった。十分に水気を飛ばすことが大事。塩も味を見ながら少しずつ加えたので(←最初からそうしろって感じ>自分)味の面でもちょうどいいのが出来たと思う。どうやって使おうかな〜と思案中。

良かった点
すり鉢で擦ると、瓶に移しきれなかったペーストがすり鉢の溝に結構残る。そこに全粒粉とイーストを加えて捏ねながらペーストを全部生地に練り込み、ナッツやドライトマトなどを加えてオーブンで焼いた。塩味で結構イケるビスコッティになった。(紫蘇の時も胡麻とクルミなどを加えて作った)

b0024339_95758100.jpg種もそろそろ茶色くなっていたので来年の種用に収穫。この種を煮出すと「ぬるっ」とした液になり、デザートとして使う国もあるのだとか。今年はそれほどの種の量にはならなさそうなので、来年用に保存しておこう。

b0024339_100242.jpgバジルの花。撮影したのは7月の終わりのある日。可憐な花を咲かせ実を付ける。この頃ほど咲き方が美しくはないのだけど、今もまだ花をつけている。


b0024339_10377.jpgこちらは沖縄のお野菜「ハンダマ」。今年お野菜として買って来た茎をプランターに挿しておいた2本が、根を張り増えている。葉っぱだけ摘んでいるんだけど、こちらも摘んでも摘んでも面白いように次々に出て来る。今回はツルナと共に茹でて刻んで糸こんにゃくとともに胡麻和えでいただいた。(白い糸こんにゃくがピンク色に染まってキレイ。もっとこの「色」を活かす何かに使えないかと思っているけど、まだ実験できていない) ハンダマはまだ花も実も見ていない。ただし、次々に枝を増やしているし、地面からも新たな芽を生やしている。そういう風に増える植物で花は咲かないのかどうか、この冬をプランターのまま越せるのかどうか、いつ頃まで葉を茂らせ続けるのかなどなど引き続き観察中。
[PR]
by ayako_HaLo | 2005-09-20 11:10 | plants/farming | Trackback | Comments(8)

「祭り」とは…

毎年この時期になると、町内会の「祭り」が行われているようで(賃貸に住んでいると、町内会とは繋がりが無い。私が断った訳ではなく、もう10年以上今のところに住んでいるけど町内会へのお誘いみたいなものも一切無い。まぁ、こっちから「入れて下さい」とも言っていないのだけど…。だから、「行われているようだ」って言う表現になってしまう)、一日に何度も「神輿」を引いて、目の前の通りを大勢の人が通る。

で、毎回、毎年その度に実は「何だかな〜」と思っている。

まず、太鼓も笛も、あまりにもお粗末。それがかなりの大音量で通って行くから、通り過ぎるのを黙って待つ、という感じ。あんまりヒドいので今年はベランダから顔を出して見てみた。そしたらナント太鼓の山車には3歳くらいの子供たちが3人乗って「トントン」勝手に叩いていた…。神輿に子供を乗せたい親の気持ちはわからないではないし、子供の晴れ姿なのかもしれないけれど、それにしても結構な大きさになるその太鼓の音をがんがんならしながら公道を練り歩くのはどうなのだ??

子供たちが祭りに向けて一生懸命練習して来たものを発表する、ということであるなら、少しぐらいつたなくても全然構わないと思うんだけど、あの3歳の子供たちが練習して来た訳がない。ある意味で「超自然」なパーカッションなのかもしれないけど、あまりにもバラバラ。しかもそれが「超自然」にもなりきれていないのは、一人だけ親が片手で「片手間にって感じで」一緒にトントン叩いていたし…。なんじゃ、そりゃ?と思ってしまった。

子供の数が少ないのかも知れないけど「わっしょい」「わっしょい」という声をマイクを使ってスピーカーで拡声するっていうのもどうなのだ?

お神輿を引いているのはどうも全部子供たちのようで、大人たちはその子供神輿を仕切っている、やらせているっていう感じ。だから、はっきり言って全然楽しそうじゃない。

更に、今回「オイオイ」と思ったのは、仕切っているマイクを持っているオトナが、

「はい、しっかり綱持って〜!
ちゃんと綱持って引っ張っていない子には、帰りにお土産はないよ〜」

と何度も言っていた。

何なの?
子供たちさえ楽しんでいなくて、お土産(恐らくお菓子?)につられて、綱を引いているのか?

そんなことを子供に無理にやらせなくていいと思う。オトナがヘタに「楽しませよう」とすることによって、かえって当の子供たちには「面白くなくなっている」んだと思う。(学校も同じか…。「学ばせよう」とするから、学ぶこと自体が面白くなくなっているんだ…) どうしてオトナたち自分自身が楽しいことを考えないんだろう。オトナが楽しくて楽しんでいたら、子供は自然に「真似したくなる」はずで、大人が太鼓や笛を数週間でも一生懸命練習していたとしたら、子供たちだって練習して祭りの時に「発表」したくなるんだと思うのだ。長く続いている伝統、と言われるのかもしれない、けれど、じゃぁ、笛や太鼓みたいな演奏を誰かが受け継いでいるのかなぁ。誰か教えて、練習しているのかなぁ。

今、活気があって、しっかりと本当の意味で残っている全国の「お祭り」っていうのは、子供のためなんかじゃなくて、オトナのためのもの。その地域地域で、大変なことは色々とありそうだけれども、それでもオトナが中心になり楽しんで、その分け前を子供も少しもらうみたいなものなんだと思う。みんながイヤイヤやっているように「聞こえる」お神輿は、数年お休みしてみたら…?と思うのだけど。(その後、お酒を飲んでいる様子は楽しそうだから)

外から見た様子なので、中では実はすっごい楽しんでいる人たちがいる、という私の誤解なら、まぁ、それはそれでいいんだけど…サ。少なくともマイク+スピーカーはやめて欲しいなぁ。腹から声を出していないから、尚更「嘘っぽい」訳で、大きな声出していいから、地声でがんばってほしい。

町内会に入って進言すべき?←きっと招かれざる客だと思うけど。
[PR]
by ayako_HaLo | 2005-09-18 12:41 | thoughts | Trackback | Comments(5)
著者の名前は知らなかったのだけど、友人が面白いよ、と薦めてくれた本。とても読みやすく、差別をされて来た側の人の目線で彼にとって「母の味」である「あぶらかす」や「さいぼし」の話が書かれている。そして、世界あちこちの「被差別の食卓」を取材し、そのルポルタージュとしてまとまっている。この本の中で触れられているものは;

アメリカ〜ソウルフード。ブラジル。ブルガリア、イラク〜ロマ。ネパール〜不可触民。そして日本〜被差別部落。

フライドチキンっていうのが、元々はソウルフードだったとは、知らなかった。これらの食事に共通していることは、「油で揚げる料理」が多いこと。貧しい食卓の中でのカロリーアップ、手軽に何でも食べられる状態に出来ること、などがその理由のようだ。本当に色々なものをフライにして食べる/食べて来たんだなぁ…。

そして、それらの料理が現在は、市民権を得て人気になり、元々「棄てる」部分だったのを工夫して食べていたものが、今では国民食になっていたり、人気の食べ物になっていたりするものも多い。結果、今となっては材料さえ安くは手に入らなくなっていたり、元々のものからは遠ざかって高級品化したりもしている。

差別については私が10年ほど前にインディアナに住んでいた時にも感じていたことだったけれど、「ポリティカリーコレクト(政治的公正)」によって、差別はイケナイとか、差別語にあたるから、●●という言葉は○○という言葉を使うようにしましょう、というような運動が起こり、表面上差別が見えにくくなってきているのだけれど、その実、差別自体がなくなった訳では決して無い。インディアナ時代は私自身が差別を受ける経験になった時期だ。根っこの部分で絶対になくならないな、と感じていた。アメリカだけのことじゃなく、日本でも度々ニュースに「差別」の問題が出て来るし、厳然とあるけれど、潜っているだけなんだよなぁ、と再確認。被差別部落だけでなく、アジアの人たちや、ガイジン、病気に対する差別も同じだろう。ナイ(ことになっている)ものは、正しようがない、っていうところも更なる問題。

私が二度目に偏見を持たれてるなぁ、差別を受けているなぁと感じたのは、日本に帰って来て、二年間の英語教師を経た後、まっきんきんの「金髪」にしていた数年間。「私」という中身は当たり前ながら変わらないのに、知らない人たちの私に対する態度や見方が随分変わったのを強く感じた。でも、逆の立場になったら、私も見かけで判断しているところは結構ある/あったはず、という反省にも繋がったのだけど。そして、それらの人たちは「差別や偏見を持っている」とは感じていないかもしれない。それなのに、私の方は「見る目が変わった」と感じるそのギャップの部分にもしかしたら大きな問題があるのかもしれないと思う。

これまた友人が送って来てくれたニュース記事なのだけど…
黒人と白人でカトリーナ対応批判に温度差 CNN調査
2005.09.13 Web posted at: 13:44 JST- CNN

黒人と白人(ヒスパニック系を除く)の間でハリケーンカトリーナの対応について、批判の温度差がはっきり現れている。

色々なところでくっきり差が出ているのだけど、
連邦政府の救済が遅れた要因は「被災者の多くが貧しいからだと思うか」との質問には、黒人回答者の63%が「思う」と答え、「思わない」は35%だった。同じ質問に、白人回答者は21%が「思う」、77%が「思わない」と答えた。
同じ事象を見た時に、差別を受けていると感じている側の人たちが「こういう風に感じている」ということにはキチンと目を向けなくてはいけないと思う。差別されている、と感じさせる何かがそこにはあるのだから。

差別、ということからニュースのことにまで及んでしまったけれど、この本自体は淡々と食事を通して差別を見つめるという感じで、熱くもなく冷たくもなく、いい本だった。また機会があれば彼の書いたノンフィクションものを読んでみたいと思う。すぐに読めてしまうので、機会があれば是非。
[PR]
by ayako_HaLo | 2005-09-17 12:01 | books | Trackback(2) | Comments(11)
私の手元に今、一冊の小さな雑誌がある。A4サイズ40ページ。虹ネットワークという小金井市貫井南町にある発行所が出している雑誌『虹』。友人が貸してくれた。

HPに行ってみると、
●1つの組織が発行する一般的な雑誌ではなく、「共生と調和」のテーマと発行理念に賛同して参画した数10名の共同発行人の出資による、ゆるやかな連携運動体「虹ネットワーク」が発行する共同発行スタイルのネットワーク誌です。
●共生と調和をめざす21世紀の新しい生き方と、宗教(宗派)や政治的立場を超えて、教育、福祉、倫理、健康、食養、環境、農業、芸術、村づくりや企業の社会貢献活動など、幅広い分野・視点からその真理と方法論を模索していく、特集と連載からなる21世紀の生き方隔月刊誌です。
ということらしい。

今私の手元にある2004年8月号は[特集:自然農法インタビュー]として川口由一さんの『自然の理に沿った 究極の農業「自然農」』というタイトルのインタビューが20ページ掲載されている。

コンパクトに良くまとまっているように思ったので、誰かに上げようと思って、先ほどこの1年前のバックナンバー10冊と今後2年間の定期購読を申し込んだ。「ゆるやかな連携運動体」というのが、私がHaLoという制作の場を「ゆるやかな繋がりを持つメンバー」という風に考えているのに近いのかもしれない、と思ったのも定期購読してみようと思った理由の一つ。

今、ガチガチに「連帯」とか「対抗」とか言ってみても、こわばっている体も心も開くことはできないと思う。ゆるやかに繋がれるところは繋がり、一緒に何か出来るところは一緒に楽しんで何か作る、というようなそんな場が少しずつ増えたらいいと思う。楽しければきっと人は集まり、更なる楽しみを生み出すはず。

この雑誌、送料は別だけれど、一冊300円。非営利運営しているということが伺える値段。隔月発行で2年間の購読料は送料込みで4,500円。がんばってほしい。様々な側面から、共生、循環、地球を、宇宙を見つめさせてもらえたら嬉しい、と期待。

川口由一さんは全国、あちこちに呼ばれて自然農についての講演をやったり、農業実習をやったりされている。また、彼から学んだ人たちが更なる勉強会を開いたりと活動は広がっている。先週シャロムヒュッテで農業自習を受けた内容も、川口さんの言われていることと根本的には「同じこと」だったと思う。

自然農の畑や田んぼはすっごい気持ちがいいから、一度どこかに足を運んでみられることをおすすめ。私も9月23日にまた青梅の方に実習に行って来る予定。
[PR]
by ayako_HaLo | 2005-09-16 12:09 | books | Trackback | Comments(7)