制作プロジェクトHaLoを主宰するayakoが、音楽、写真などHaLoとしての活動について、また、mac、旅、映画、本、猫、食べ物、気になったニュースなどについて、徒然に綴ってます。


by ayako_HaLo
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<   2011年 03月 ( 8 )   > この月の画像一覧

これまで、ただちに健康には害がないとされて、
使用を認められてきた農薬や化学肥料を使うこと
単体でも、また、それらの複合効果(害)にも疑問を持っていた。
そういうこともあって
自分自身が気持ちよくて
土や野菜自体が健康で、
洗わなくても皮ごと食べられる野菜を育ててきた。

規模は小さくても、うちに遊びに来る人達をもてなしたり、
うちから時々贈り物をしたり
物々交換に出したり、
近所の有機農産物の直売所にたまに出す程度の規模で
自分的にも環境的にも持続可能な農的暮らしを目指してきたし
今の経済の仕組みのままで
エネルギー的にも食料的にも、
世界の他の国の人達の労働力を安く使うような仕組みでいいのだろうか、とか
いろいろなものをゴミにするシステムでいいのだろうか、
ということや、
何を一番大事にしたいのか
どういう状態がしあわせなのかということを考え、
自分なりにやれることをやれる範囲で試行錯誤しながら暮らしてきた。

東京を離れて、どっぷりそんな暮らしが5年くらい。

地産地消で地域のものをいただくこと、
身土不二で、体と土は分かちがたいものとして
季節のものを、その季節にいただく。
畑でもできるだけ石油資材を使わずに、
年に数回刈払機のお世話になる程度で、
あとは、鍬と鎌、手と足で、
耕さず、草と虫とも共存して
畑の命の営みの中に自分が入れてもらうような態度で
少しずつ実験をしてきた。

暮らしもできるだけ電気も石油資源も使わないで済むように
ホウキと雑巾を使い、
使い捨てのものを極力使わず、
いろんなものを一つの役目が終わっても次の役目で活躍できるようにデザインして
夏には窓辺にグリーンカーテンを這わせ
扇風機だけでクーラーを入れなくなって10年くらいたつし、
冬の夜には雨戸をきっちり閉めて
家の中でも相当着込んで暮らしてきた。
(それでも茨城の冬は寒くて暖房入れてたけど)

自分の畑の中でどんなに気をつけても
よそから飛んでくる除草剤や農薬は防ぎようがないから、
それは受け入れることにしてきたし
それでも、自分のところが使わないことには意味があると思ってきた。

今回の放射性物質に関しては、
実はまだ自分の中に明確なスタンスが定まっていなくて
明らかに二つの声があるのを感じている。

自然農の方が気持ちいいから、という理由が一番大きかったにせよ、
因果関係が完全に証明できずとも
状況的に、そこには問題点があるのだから、
(化学物質過敏症やアレルギーの人たち、環境への検査できない影響など)
化学物質の使用をできるだけ控えたいという思いもあった私には、
今、急に、政府が基準値を設定して大丈夫だと言っているから、
〇〇の数値以下であれば大丈夫のはずだ、
という風に言い切ってしまえない自分がいる。

個人的なことで言えば、今の畑と付き合いだしてそろそろ3年、
近所に友人や仲間たちも増え始め、
春に種を下ろすための準備も始めていたところで
今回の放射能問題。

放射性物質の飛散のもっと少ないところに場所を変えましょう、と、
土地に対して日も浅く、最小規模の私でさえ、言ってしまえないのに、
うん十年と、大地に深く根をはって
畑と野菜と食べる人たちの健康、地域のことを考えて暮らしてきた
ほとんどの一般の農家、有機農家のことを考えたら
そこで育てたものを食べてもらえない悲しみは想像を絶するし、
そこからの移動なんてすぐに考えられないだろうと思う。

そんなこと考えてたら、
政府の出した暫定基準値に満たないものは
風評に惑わされずに食べてください、
これまでだって、農薬を使用したものだって
政府が安全というものを食べてきたんだから
同じでしょう、と言いたくなる自分もいる。

この二つの声は対立しているんだよね。
心のなかで。
自分が育てた野菜を使って天真爛漫に喜んでもらえると思って
プレゼントしたり、もてなしたりすることへのブレーキ感。
相手が見える分、相手の気持ちに何が起こるだろうと思うと
大きなブレーキ感がある。
私が食べるんだから、食べてね、とすっきり言えない感じ。

この葛藤は有機農家も抱えているのじゃないかと想像している。
だからこそ、サポートしたいと思ったのだけど。

一方で、もう、これはどうしようもないことなんだから、
隣の畑から飛散してくる農薬と同じ、と
ひょいっと割りきって欲しいとも思っている。
私としては、そっちを後押しする方がいいんだろうな。


で、じゃあ、どうしようか、
ということなんだけど、そのどうしようか、の部分が
昨日書いた
規定値以下は覚悟決めて食べることでのサポートしましょ、と
そうでなければ、食べなくても
また、身を切られながら移動せざるを得ない人たちをサポートしましょ、の話。
http://fromayako.exblog.jp/15137626/

本人たちが今、何を考えどういう状況にいるのかわからないから
どうしようか、と思っていたのだけど、
知人友人関係で動いてみようと思う。

これは今後、漁業関係者にも広がっていくこと。
働けることで働いてサポート態勢つくらなくちゃ、と思う。
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by ayako_HaLo | 2011-03-31 21:24 | thoughts | Trackback | Comments(5)
昨日の朝、この福島の農家が自ら命を絶ったというニュースが流れてきて、
それ以来、ずっと何が出来るか考えているし、動いている。
http://www.asahi.com/national/update/0328/TKY201103280468.html

まずは、風評被害には陥らないこと。
一昨日の夜、ホントにたまーに出荷している
有機農産物の直売所の生産者の会があって、
参加してきたのだけど、
その時に話題に出たのは、茨城産というだけで、
全く関係のないものまで値段が暴落しているということだった。

3月26日発表(3月30日現在最新)の発表によると
パセリとほうれん草、原乳は出荷を見合わせているが、
それ以外の以下の作物に関しては、検査をした上でクリアしている。
http://www.pref.ibaraki.jp/important/20110311eq/nousanbutsu/20110326/index.html
【農産物】18品目
 ネギ、キャベツ、レタス、レンコン、ハクサイ、トマト、イチゴ、キュウリ、ニラ、ミズナ、チンゲンサイ、ピーマン、エシャレット、大葉、切りミツバ、セルリー、小玉スイカ、サニーレタス

【畜産物】4品目
 牛肉、豚肉、鶏肉、鶏卵

【水産加工品】2品目
 揚げかまぼこ、シラス干し
------------------------------------
茨城関連の最新情報はこちらでチェックを。
http://www.pref.ibaraki.jp/important/20110311eq/nousanbutsu/

しかも値段が下がってるのは、お米とか、さつまいもとか、
収穫が311より明らかにずっと前のものも含まれている。
これは、どう考えても風評被害でしょう。

食物からの放射線の内部被曝に関しては、
一定の安全基準の数値が出ているところを
自分のラインにするのか、しないのか、というところが
一つ自分で決断するところだと思う。
http://www.rist.or.jp/atomica/data/pict/09/09030306/03.gif

友人が仮に算出してくれた値。
例えばヨウ素の場合、成人が年間限度50ミリシーベルトに達するのには
  ヨウ素が2000ベクレル含まれた野菜を227gづつ365日毎日食べる
  ヨウ素が300ベクレル含まれた乳製品を105gづつ365日飲み続ける
  ヨウ素が300ベクレル含まれた水分を1.65リットルづつ365日取り入れる
  この3つの条件が合わさってようやく制限値の66%に達する
  つまり、かなりの悪条件が一年続くと健康を害する可能性大ということ
--------------------------------------

前にも書いたとおり望んだわけじゃないけれど、
私たちが今、この現状に暮らす覚悟をする・せざるを得ないならば、
自分の中でどこかに線を引く必要があると思う。
その線が見えたら、防御できるものは防御しつつ、
受け入れるものは、受け入れるってことになるんじゃないかな。

私自身は、自分の畑で採れるものは現在はよく洗って食べている。
放射性物質は表面についている、という段階だと思っているから。
これが、根から吸い上げた内部的なものになったときには、
またもう一度、数値とにらめっこして考えるのかもしれない。

そんな訳で、福島、茨城産の農産物も制限されている物以外は
大きな影響はないと考えて食べようと思われた方は、
サポートできそうな範囲でお願いします。

ツイッターやっている人は、
〜『東北や関東の農家の方から、直接農作物を買いたい!繋がりたい!』
ハッシュタグ #p2pfarm でいろいろ上がってきます。

以下、今日見かけたその中の一部(茨城)
茨城県北部の野良の会 http://ow.ly/4p493
木の里農園 http://konosato.blog2.fc2.com/
風だより http://goo.gl/ViLqe
まったりー村 http://bit.ly/9QE4o0 鶏卵その他対応可



それでも、小さな子どものいるご家庭とか、
やっぱり微量でも不必要なものは体に入れたくない
という結論に達するのも、それはそれで仕方ないと個人的には思ってる。

そんな苦しい決断をせざるを得なかった人たちも知ってるし、
子供たちに安全な食べ物を、子供たちの未来に健康な環境を
と思って有機農家の道を選んできた人たちにとって、
今の現状はどれほど苦しいものか、と思うと涙が出る。

だから、買って食べるという以外のサポートの方法もあっていいと思う。
違う産地の野菜を選んだときに、選んだ分の半分を寄付するとか
割合を決めてもらって、長くサポートしてもらえたら嬉しい。

私も会員になっている日本有機農業研究会が有機農家のサポートに動いている。
汚染地域の農家のリロケーションのサポートもしようとしているけど、
いろいろと難しい部分も含む、先の長い活動になりそうだと思う。
私もわずかばかりでも義援金を送るとともに
お手伝いできるところはやろうとしている。

--------------------------------------------------------------------------
http://www.joaa.net/moyoosi/mys-90-0317.html
日本有機農業研究会 緊急声明
                東北関東大震災にあたって

 このたびの東北・関東大地震、津波により被災された方々に対し、心よりお見舞いを申し上げます。

 本会は、被災された有機農業者をはじめ、関係する方々の生活が平常に復するよう、有機農業生産者と消費者のネットワークを活用しながら、できる限りの支援をしていきたいと思います。

 日本有機農業研究会事務局に被災対策の窓口を設置するとともに、3月13日から義援金の募集を始めております。
 下記について、お手数ですが、ご連絡ください。よろしくお願いいたします。

1.本会関係者の被災・被害状況などについて。
2.避難場所をお探しの方、避難場所をご提供できる方。
3.支援物資を求めている方、支援物資をご提供できる方。
4.支援活動にボランティアとして参加できる方。(現地、物資輸送、事務局)
5.今春からの作付けを増やせる方。品目、量について。
6.本件についてのご意見、ご提案。
         
        3月22日 日本有機農業研究会

 連絡先は次のとおりです。

    〒113−0033 
    東京都文京区本郷3−17−12−501
    特定非営利活動団体  日本有機農業研究会事務局

  電話 03−3818−3078 
  FAX 03−3818−3417
  メール info@joaa.net

震災義援金は、次のゆうちょ銀行振込口座に「義援金」と明記して送付してください。
No. 00180−0−165363
口座名 日本有機農業研究会 
              
海外からの送金は以下で。  
As for the donation from oversea,
it will be better sending by direct bank transfer.

The bank code of Japan Organic Agriculture Association:
Bank: The Bank of Tokyo-Mitsubishi-UFJ,Ltd.
Swift code: BOTKJPJT
Branch: Hongo Branch
Number: 351-4647363

Name: Tokuhi-Nihon Yukinogyo Kenkyukai
phone (81)-3-3818-3078
e-mail info@joaa.net
3-17-12-501 Hongo Bunkyo-ku
Tokyo, Japan 113-0033

-----------------------------------------------

私自身は、今必要なのは、いろいろな事情や考え方はあっても、
サポートしたい、サポートしようと思っている
という表明自体じゃないかと思ってる。
そういう人たちがいるということを伝えたいし、
実際に支えたいと思う。
ぜひ、ご一緒に。
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by ayako_HaLo | 2011-03-30 22:20 | news | Trackback | Comments(2)
戦争の時も、薬害の時も、水俣の時も
国はひとりひとりの国民を守ってくれなかったし、
私たちを守ってくれる存在じゃない、
という風に思っていた。

それはある種の不信感としてそう思っていた。

結論としては変わらないかもしれないんだけど、
今回、こんな非常事態下に自分が身をおいて、
少しだけ考えが変わってきた。

大きな組織になればなるだけ、
そこに属する人たちが増え、
その人達の未来のことを考える必要が出てきて、
個人のような動きはできないのかもしれない、ということ。

ぼちぼち今回の震災の被害総額が出てきたけれど、
もう私には良く分からない数字になってきてる。
ただ、巨大な数字であるということはわかる。

国が強制退去、室内退避という指示を出した地域に関しては
のちのち、東電なり、国なりの補償の問題が出てくると思う。
国としてその範囲を広げる決断はとても大きい。
それも何となく肌で感じた。

憲法25条で定められている「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」は
保証するということなのかもしれないけれど、
将来的に生じる「かも」しれない事態の回避と
将来的に必ず生じる資金のことも念頭に入れた
経済的な面も含めて考え、国全体として潰さないこと
を考えるだろうな、と思った。

これは、企業についても全く同じことが言えるだろうと思う。

特に大きな組織にとっては、潰さないこと、は
かなり大きなプライオリティを持つだろう。

だから、国がやっていること、発表している内容は、
  この期に及んでもまだ利権や保身を含んでいるかもしれない
  ということを横に置いておいても
その他の大きなバランスの上で、
迅速な動きを不得意とする組織の決定として
一旦、受け止めている。

でもきっと大事なのは、
私達自身が変わらなくちゃいけないってこと。

国が言っているから大丈夫、
大きな企業が言っているから大丈夫
という変な信頼は、
裏をかえせば、
何かあったら裏切られたと大騒ぎ、ということにつながる。

彼らが優先しなくてはならないことの仕組みが何となく見えたから、
私たちは、私達自身でそれ以上のことを考え、
何を調べ、判断材料にするか、ということを
「みんなで」やる必要があるんだ、というところにたどり着いた。

国や企業がやれること、やってくれていることも大事。
でも、私たちが自立することもとても大事。

これまで私は
不信感があったから、自立しようと思っていたけれど、
今回のことで、
守備範囲が違うから自立しようという感覚に変わった。

そして、ここ数日ずっと「転んでもただでは起きない」
という言葉が頭をめぐっている。

すごく痛い、涙が出るけど、
起き上がるとき、私たちは前の私たちではない。

無理やり壮大な人体実験室に入れられた感覚があるけど、
その中に留まることを自ら選んでいる、選ばざるをえないのなら、
  実はこの実験室自体、いろんなレベルが存在すると思う
  原発からの距離とか、放射能の影響とか、関東・東北とか、
  日本とかのレベルとか、もしかしたら地球とか宇宙なのかもしれない
今ある中で最良の結果の出る実験にしたい。

この実験のお陰で、未来の人たちが
より良い決断ができるような…
数十年後に、あの時のあの人達のお陰だと
その時に今が続くことを心から願って。
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by ayako_HaLo | 2011-03-25 08:39 | thoughts | Trackback | Comments(1)
こんな状況の中歌えることに、音楽の一部になれることが本当に嬉しい。
何度もうっかりほろっと涙が出そうになりました。
本番もきっといい演奏になると思います。

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●出演者:

松永孝義&The Main Man Special Band :

松永孝義(b)/井ノ浦英雄(ds)/桜井芳樹(g)/矢口博康(sax,cl)
増井朗人(tb)/福島幹夫(sax)/エマーソン北村(Key)/ANNSAN(Perc)
宮武希(Cho)/ayako_HaLo(cho)

●公演日:2011年3月25日(金)
●会場:「新世界」
●開場:19:00 / 開演:20:00 / ☆限定100人
●チケット:前売り予約4,000円(ドリンク別) 只今予約受付中。

〔チケット予約・お問い合わせ先〕
「新世界 」 
http://shinsekai9.jp/2011/03/25/matsunaga/

tel: 03-5772-6767 (15:00〜19:00)
東京都港区西麻布1−8−4 三保谷硝子 B1F
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by ayako_HaLo | 2011-03-25 00:36 | HaLo news | Trackback | Comments(0)
3月18日に収録したサントリーホール120秒ラジオCMのOAが決まりました。
【放送局】ニッポン放送 
【実施日】3月31日 9:52分 

CMなのにおそらく一回しか流れないので、
この機会に聞いてもらえたら嬉しいです。

心情的に今の状況に重なったところもあっていいCMだと思います。
収録が終わってからは涙が溢れました。

震災後の措置として、radicoというインターネットラジオの
仕組みが放送エリアを開放しています。
http://radiko.jp/

この時間帯にニッポン放送をクリックしたら聞けると思います。
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by ayako_HaLo | 2011-03-23 17:44 | HaLo news | Trackback | Comments(0)
人はいずれいろいろなことを忘れる。
特に私は忘れやすい。忘れる前に、メモ。
もう既に時間軸とかおかしくなっているかもしれない。

3月11日(金)
 14:35 頼まれていた銀行の手続きをするために銀行へ
 14:46 銀行の駐車場にバイクを停めようとしたとき地面が割れるほどの揺れ
    銀行内から人が飛び出してくる、
    近所の市役所、公民館からも人が飛び出してくる
    バイク、車ががひっくりかえりそう、
    これまでに聞いたことのない街中の窓という窓が音をたてる
    近くで一箇所、電線が落ちる
    隣の家の灯油が漏れ出す
    街中の停電
    最初の巨大な揺れだけでもかなり長い時間
    その後の余震もかなり大きいものが1時間ほど続く
    ワンセグ携帯を持っている人が報道を見てくれて震度6強
    さらに東北地方まで続くエリアが大きな揺れだったことを知る
    その場に居合わせた人たちと落ち着くのを待つ

 15:30頃 その後の予定を全て諦めて帰路に着く
    ブロック塀が完全に崩れ落ちているところ十数箇所
    屋根瓦が落ちている
    道路がうねっている
    消防車出動
    集団で駐車場うずくまっているスーパーの店員さんと思われる人たち
    警察官が手信号で交通整理

 15:45頃 帰宅
    怖くて家の中に入れずに外から様子を伺う
    <家外観>
     屋根瓦が大量に落ちている
     大きな窓ガラスが割れてコナゴナ
     ミミズコンポスト「キャノワーム」がひっくり返って中身散乱
     あちこちコンクリートにひび割れ
     台所の裏戸とかまちの間に隙間
     井戸の歪み
     ガレージの中の棚崩壊、もの散乱

    意を決して家の中へ
    <玄関>
     下駄箱が30センチほど前進
     壁にかかっていたホワイトボードが落ちている
    <廊下>
     廊下の本棚の本が散乱
     砂壁が落ちている
     窓ガラスが割れて散乱
     物置のものが倒れて廊下を塞ぐ
    <トイレ>
     棚に並べてあった「種」の瓶がほとんど落ちて散乱、大量破損
     便器と床の間に水漏れ。便槽から水が無くなっている
    <居間>
     本棚の本、CD類がほとんど落ちて散乱
     食器棚が動いていくつかの食器が落下、破損
     障子が一枚さんを外れ、紙がビリビリに裂けている
     襖がさんを外れて倒れている
    <台所>
     食品棚が二つ倒壊
     びん類、ボトル類が落ちて散乱、大量破損
     閉まっていたはずの窓が開いている
     出窓の上のものが全て落ちている
     袋戸が開いて中身が散乱、大量破損
    <洗面所・風呂>
     鏡戸が開いて中の物が散乱、破損
     タイルの壁が大量崩壊、散乱
     風呂桶の蓋が水中に落ちている
    <階段>砂壁が落ちている
    <寝室>枕元の棚が落下
     棚の上のものが散乱
     袋戸のスーツケースなどが落下
     目覚まし時計コナゴナに破損
    <洋間>合板張りの壁がところどころ完全に外れている
     棚のものが散乱

    <ライフライン>
     電気不通、電気で井戸から汲み上げる水道不通、家電話不通
      ⇒以上、電気が止まったたらストップ
     ガス確認できず(隣の人がOKと言っていた+台所散乱酷く未確認)

    <やったこと>
     隣近所の人と安否・被害確認。(ガスOK情報得る)
     火が完全に暮れたら、真っ暗になると思い、懐中電灯類を集める。
     何から手につけていいか呆然としながら
      畑作業用のゴム手袋をして割れたガラスの処理から優先して片付
      ★ゴムの作業手袋あって良かった
     玄関のドアは開け放ったまま、時折、外に飛び出すほどの余震頻発

 17:30頃 旦那帰宅。早めに解散になったらしく良かった
     大きな余震が続き、家の中で寝ることを断念
     車の中で眠ることを決定
     寝袋、布団類、防寒用窓ガラス覆い、ラジオ、水、食料を運び込む
     暗くなるまで片付け。
     時折、外に飛び出すほどの強い余震続く
     自宅では携帯電話の電波も入らず
     電波の入るところで、災害伝言板に無事の連絡
     ★お風呂に溜水があって良かった。手が洗える。
     お皿にラップをはって、保温ジャーの中の酵素玄米でおにぎり。
     
 20:00頃 車で近所の人の安否確認。避難所確認。
 21:30頃 自宅の駐車場(屋根なし)に駐車した車内で就寝。
      ★軽のワンボックスカーで時々寝る経験が役立。寒さよけも十分
      旦那の携帯に「原発の状態が悪いから出来るなら
       しばらく関東を離れるように」という個人的メール受信
      ぐらぐら揺れて何度も目が覚める
      明るくなってからようやく少し眠った

3月12日(土)
 8:30頃 近所の人達が動き出しているのがわかり起きだす
     長期戦になるこかということで庭に仮設トイレ作成。ダンボール壁
     相変わらず自宅付近はdocomoの電波入らず
     東電の原発の状況を知らせるニュースが時折ラジオで入る
     スーパーカブで近所の状況を見に行く
     いつもいろいろお世話になっている近所のガソリンスタンドに列
     都内に一旦移動することも考え始めていたので、
      旦那に列に並んでもらうよう依頼
     さらに近所の様子を見てまわる
     街中では時折、溜まっていたメールがまとめて届く
     信号機がなくても譲りあって回っている様子
     近所の他のスタンドは全て閉店。停電中だと仕方ないか
     避難所にはたくさんの人達
     避難所に飲み水は十分にありそうなことを確認
     公衆電話に並ぶ人を発見
     そうか、公衆電話は使えるのか
     弟と旦那の実家に電話。直接無事を伝える。(両親は旅行中)
     弟から原子力発電所の現状に対する彼の見解を聞く
     こちらの現状を伝えたら、とりあえず情報と移動手段のある
      東京に移動することに賛成、ということで動くことに
     お昼ごはんのおにぎりを握って、ガソリンの列に戻る
     3時間ほどかかって車とバイクに給油
     途中交差点から左折する形でガソリンの列に入る人たちが現れた
      並んでいる理由がわからずに曲がっているかもと思い、
      この列はガソリンに並んでいるので、通行するのなら別の道を
      という案内をして数台回避してもらう
     馴染みのスタンドだったので少し差し入れ
     電力なしでスタッフ総出で手動で一基だけ稼働させていた
     今回のことが起こるまで手動で動かせることを知らなかったそう
     それに気づいてすぐに対応したみなさんに敬意
     帰宅後、必要最低限の荷物の用意
     充電器、充電池、携帯ラジオ、水、食料、着替え、携帯、パソコン
     暗くなるまでガラス中心に部屋の片付けをして出発

     停電で信号機も街の灯りもない中を走る
     ★車のシガーソケットから携帯電話に充電しながら走る。よかった
     ラジオの放送を聞きながら、通行止めになっていない道をたどる
     ラジオの放送で原発周囲の退避エリアが10-20kmになったと知る
     古河のあたりまで来て、ようやく街に明かりが見える
     詳しい情報がわからないので、とりあえず弟に電話を入れて
      翌日13日(日)の東京ー佐賀便の予約を入れてもらう
     コンビニエンスストアに食料なし。電池なし。

     途中、軽い渋滞にあいながら、5時間ほどかかって都内の実家着
     テレビの映像が良く分からない
     頭が働かなくなっている状態を自覚しつつ、情報収集
     朝一の便の予約を午後に変更
     ぐったりして23時過ぎに横になる
     都内でも余震が続いている

3月13日(日)
     被災者としてとりあえず家を出てきたのに、想像を絶する規模の
      被害の映像に愕然とし、ショックを受ける
     原発の報道の内容の理解がちゃんと出来ない+
      現実的に分からないことだらけなのがわかってショック
     朝、自分がどうしたらいいのかわからなくなって軽いパニック
     旦那と離れたくないけど、翌日には仕事に行かなくてはならない人
     精神的に自分がおかしくなっていることだけは自覚できたので、
      午後の便で実家に帰省することに決める

 13:30 旦那に付き添ってもらい羽田に向けて移動。驚くほどスムーズ
 16:00 定刻から10分遅れで離陸
 17:30 佐賀空港上空。海岸線に海苔養殖が見える
     こういう海沿いが津波に飲まれた映像が脳内で再生される
    無事着陸
    両親、弟家族総出でお出迎え
    家に帰って夕食、お風呂、3歳の姪っ子と遊ぶ
    ここからはインターネット、テレビに食いついて情報収集
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by ayako_HaLo | 2011-03-23 17:41 | thoughts | Trackback | Comments(0)
今回の経験で大切なものにも気がついた。

一つは、不安定な中、5日ほど離れていた旦那と
一緒にいることはとてもとても大切なことだということ。

二人で一緒にいることを何よりも最優先すべきということを自覚し、
一緒にいられれば、それだけで少し安心できるということ。

家族の暖かさ、力強さ。

地震の翌日に、いつでもどうぞと身を寄せさせてくれた
旦那のお父さんと弟。

お義父さんは、まだ震える私に暖かいごはんを作ってくれた。
家の中を裸足で歩けること、
暖かいごはんを食べられることに心から感謝した。

義弟は、普段自分がいる部屋を完全に私たちのために
明け渡してくれて、文句も言わず不自由な環境で過ごしてくれた。

旦那は、自分は仕事のために残らざるをえない状態を抱えつつ、
できるだけ私に沿おうとしてくれ、
佐賀に帰るときには空港まで電車で見送りに来てくれ、
戻ってくるときにも迎えに来てくれた。

佐賀に帰った日、休みの日だったこともあり、
両親、弟夫婦、姪っ子が揃って空港まで
迎えに来てくれていた。

実家に帰っている間、
母は入っていた予定を全てキャンセルして一緒にいてくれ
毎食、暖かいごはんを作ってくれた。

父は、私の話を真剣に聞いてくれた上で、
それでもお前の成すべきことをしに戻れ、と
自分の持ち場で生きる覚悟を決めるため、背中を押してくれた。

弟は、毎晩0時を回ってから帰宅できるか、
できないかというような忙しさの中、
自宅ではなく私のいる実家にできるだけ帰ってきてくれ、
その時間から私の分からないことへの不安を一つずつ解消してくれ、
理解を助けてくれた。

義妹は、娘(姪)を連れてほとんどの時間
私の実家で過ごしてくれ、
ほとんど何も手につかない私の代わりに
洗濯をしたり、食事の準備をしたり、
私がどこまでも自分の心の整理に時間を使うことを
まったく当たり前のように許してくれた。

姪は、「あーたん、大好き」と擦り寄ってきてくれて、
全体像は理解できなくても、
私のそばにいることが大事と感じていてくれ、
一緒に眠り、一緒に遊び、
今にも潰れそうな私の心を
彼女のエネルギーと共にいさせてくれた。

そして友人たち。
国内のみならず、海外からも
この間に受けた電話やメールなどの連絡は
数えきれない。
真剣に日本のため、私のために祈ってくれているのを感じている。

佐賀にいる間に、高校の友人も自宅に訪ねてきてくれ、
4時間以上真剣にお互いに話をすることができた。

自分の根っこの部分を支えてくれている存在たち。
その人達と今回、深く深く改めてつながった。


だから、今、
大切な人に会うことを心が求めているのであれば、
みんなが、その心の求めて応じられたらいいな、と思う。

きっと色々と気づかせてくれるだろうと思う。
大切なものに気づくことで、私たちは強くなれる。
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by ayako_HaLo | 2011-03-20 00:14 | thoughts | Trackback | Comments(4)

こわい=わからない

私は茨城県笠間市で強い地震にあい、
室内の壁、屋根瓦が落ち、窓ガラスが割れて
棚が崩れて中身が散乱し、割れ散らばった家の中へ
土足で入り、大きな余震に時々外に飛び出しながら
細々と片付け、
最初の夜を車の中で過ごしました。

水道はまだいいとしても、
電気と電話のない世界で、
情報がなく、時折入るラジオからの
不十分な原発に関する情報にあまりにも怖くなり
翌日は近所で唯一お店を開けている
手動でガソリンを汲み上げて販売していた
行きつけのスタンドに並んで給油し、
ところどころ通行止めの出ている下道をたどって
都内に出ました。
まずは、何が起こっているのかわからないことが
怖くて仕方がありませんでした。

その後、東京で初めて今回の震災の全体像を見て
二度目のショックを受け、
さらに原発で起こっている前代未聞の先の見えない事態に
三度目のショックを受け、
自分が自分を保てていないことを自覚し、
使えないどころか、かえって不安を撒き散らすと思ったので、
実家に帰省しました。

揺れない地面の上、
暖かい布団と、
家族が何もかも受け入れてくれたお陰で、
少しずつ落ち着き、
なんども怖いと涙を流し、
怖かったものの正体も少しずつ見えてきました。

放射能という眼に見えない
自分には制御できなくて、わからない物質そのもの、
あびても全く感じることも、
あとあと測定することも出来ないことに怯えていること。

また、万が一にも核燃料が溶け出すような自体になったときに
これまで複数炉で同時にここまでの問題が起こることを
経験したことがない以上、
本当に何が起こるのかはわからない、ということ。

  その「わからない」内容の想定が、
  科学者によって、専門家によって違っても
  経験したことがないのだから、仕方がないのかもしれません。

  今、デマと呼ばれる本当のデマと共に、
  危険性を指摘している内容も、デマとして
  取り扱われつつあることには注意しなくてはと思います。

最前線で作業にあたってくださっている人たちのことを考えると
心から感謝と敬意と涙が湧いてきます。

ただ、私たちが接することのできる情報は、
今、本当に何が現場で起こっているのかを
きちんと確認するすべがなく、
データ、遠くからの映像などからの推測で
本当に本当のところはわからないんじゃないか、ということ。

また、その燃料棒が溶け出すこと自体が起こったとき、
または起こることが確実であると判断されたときに、
その事実を知った私たちが集団でパニックを起こし、
また、その時、もし私が一人でいるようであれば、
自分自身がどうなってしまうのかわからない、ということ。

そして、今回の未曽有の災害復興に、
どれだけの金銭的な負担がかかるのか
皆目わからないこと。

その復興のために必要な資金を少しでも得るには
こんな状況の中でも日本の経済を回し続けなくてはならず、
それが失敗すれば、日本が無くなる
という判断も成り立つかもしれず、
私たちの健康や命に関わるもろもろの判断が
多少の犠牲はやむなし、となっている「かも」しれないこと。

つまり、怖い全てのことは「わからない」ことでした。


今回の地震もそれに伴う津波も「想定外」だと
なんども耳にしました。
つまり、私たちは自然の営みのタイミングも
その大きさも、その結果も「わからない」。

そのことを今一度思い出す必要があるように思います。

私たちは傲慢になり、畏れを忘れてしまった。

それを今回取り戻したのでしょう。
以前よりさらに熱心に、真剣に祈りを捧げている私がいます。

私にとっての祈りとは、強い約束です。
願う世界を作るための約束です。

もう二度とこんな怖い想いをしないですむように。

「 安らかに眠って下さい
この過ちは二度と繰り返しませぬから」

この言葉が頭を回っています。
本当に、もう二度と繰り返しませぬから。
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by ayako_HaLo | 2011-03-20 00:12 | thoughts | Trackback | Comments(0)