6月4日(土)、5日(日)の一泊二日で
福島県南相馬市〜相馬市、飯舘村、浪江町に行ってきた。
言葉にならない「やり切れなさ」を抱えながら、
まずは、この時点で、とりあえず何か書いておこうと思う。
今回は奄美在住の友人が、ナチュラルハーモニーという
自然栽培の無農薬野菜を扱う会社から提供されたお野菜を
被災地に届けたい、そのお野菜で作った料理を現地で
必死に働くボランティアの人たちに食べてもらいたい
ということで動き始め、そのお手伝いという形で実現した。
一時は、避難所にいらっしゃる方たちへの炊き出しまでやるか、
というところまで話が膨らんだものの、
現地のニーズや、細かな様子などが分からない中
やるのは難しいということで、次回以降に持ち越した。
今回は下見と、ボランティアの人たちへの食事作り、
避難せずに線量の高い計画的避難区域に今も暮らす人たちに
お野菜を届けるチーム4名と、
避難所で整体とタイマッサージのボディケアをするチーム2名、
都内から現地、現地での運転を一気に引き受けてくれる
敏腕ドライバーでもある写真家1名の
全部で7名でお邪魔した。
受け入れをしてくれたのは、NGO アースデー奄美。
http://www.econakoto.net/earthdayamami/原発から23km地点にある原町第二中学校内に部屋を置き
20〜30km圏内のグレーゾーンの人たちに救援物資を届けるなどの
人道支援を行い、更に、専門部会、HCR Heart Care Rescue を
立ち上げて心のケアを専門にした医療支援サービスを
行っているところ。
今回の震災を受け、急遽、アースデー自体を奄美で開催するより
現地に入り、サポートをすることを選んだ団体。
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6月4日(土)
本来ならば、うちからは常磐道でたどり着けるはずの南相馬市へ
東北道経由で向かう。常磐道は常磐富岡ICより北は震災以来
復旧していない。
都内からやってくる車に同乗するため
東北道、佐野サービスエリアで待ち構える。
合流してから途中一回トイレ食事休憩を挟んで、
4時間半くらいかかって、南相馬市原町区、原町第二中学校に到着。
早速、避難所である中学校内にある南相馬市の窓口にご挨拶に伺い、
翌日のマッサージの打合せを兼ね、少しお話を聞かせていただく。

まず、南相馬市発表の6月4日(土)当日の放射線量は0.5μSV/h。
海辺の方では0.2程度と低く、山の方は高いそう。
この値0.5μSV/hは、事故以前と比べると10倍程度の値。
単純に24時間同じ線量を浴び続けると一年間で
4.38mSVになる。
(震災以前の日本の年間被ばく限度は1mSV/年なので、
その4倍ちょっとということになるが、震災後、
非常時設定として20mSV/年が設定され、
その範囲内には収まる)
南相馬市は、鹿島町、原町市、小高町が
平成18年1月に合併したばかり。
原発からの距離が20km圏内、
30km圏内、それ以外にまたがり、
沿岸部では津波による被害も大きかった。
現在は緊急時避難準備区域に指定されていて、
学校関係、医療関係は、閉鎖され、
田畑の作付けは禁止されている状況。
学校に通う子どものある家庭は、新潟県や福島市に
避難している状況が続いている。
現在、20km圏内に住居のある世帯に関しては
一世帯あたり、一回に限られた一時帰宅を
3000世帯に対して地域ごとに行っているところだけれども、
持ち帰って来れる量は、70cm3一袋だけ、と
わずかに限られている。
自宅にどんなにお米など食糧が置いてあっても、
現実的には運び出して来れない状況。
お話を聞かせて下さった市の職員の方は、
危険か、危険じゃないところか分かるためにも
計測するモニタリングポストを増やしてほしいが、
細かくわかっても、安全か?というところは
やっぱり分からないことが多く、
大丈夫かどうか分からなくて待機している状況だ、
と言われていた。
この避難所にいる人の数は160人くらい。
原発からの距離が近いことで、
物資が入ってきにくい。
ようやくひと月ほど前に、宅急便など民間の運送会社も
配送を復活させてくれたところ。
あまりにもたくさんの方たちが一度に亡くなって
おくやみもお葬式も出来ない状況だった。
大きすぎて悲しめていない。
こうやって訪問していただくのがありがたいし、
どこかで伝えていただけるのなら、
少しずつ一歩ずつ前進しているようです、
と伝えて下さい、とのことだった。

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避難所の食事は、前日の午前9時までに申し込む必要があり、
朝:パン二個と牛乳200ml
昼:お弁当とみそ汁
夜:お弁当とみそ汁
というもの。お弁当は市内のお店が作っているとのこと。


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お風呂は校舎の裏に仮設の薪で湧かすお風呂があり、
週に何度か準備している様子だった。
