制作プロジェクトHaLoを主宰するayakoが、音楽、写真などHaLoとしての活動について、また、mac、旅、映画、本、猫、食べ物、気になったニュースなどについて、徒然に綴ってます。


by ayako_HaLo
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本日ナレーション収録をしてきました。
映像を見ながらテストで読んでいる時に、親の愛情について、子の親を思う気持ちについて、
東田さんがエッセイを書いてくれたおかげで、自分の子どものことを、受け入れることができた
というたくさんの人たちの穏やかな笑顔に、何とも言えない感じで心を揺さぶられました。

自閉症について、というよりも、もっと深いところで、色々なことを感じたり、考えたりさせてもらえた、とてもいい番組でした。どうぞ、ご覧ください。

いま無名の日本人の若者が書いた1冊の本が世界20カ国以上で翻訳され、ベストセラーになっている。タイトルは「The Reason I Jump」(日本題:「自閉症の僕が跳びはねる理由」)。著者は、当時13歳の東田直樹さん、日本で7年前に出版された、自閉症である自分の心の内を綴ったエッセイである。自閉症者自らが語る極めて画期的な作品だったが、ほとんど話題になることはなかった。それがなぜ突然、7年もたって、遠くイギリスやアメリカでベストセラーとなったのか。
この本を英訳したのは、アイルランドの作家デイヴィッド・ミッチェル氏。彼にも自閉症の息子がいる。日本語教師の経験があるミッチェル氏は、東田さんの本を読んでまるで息子が自分に語りかけているように感じたと言う。息子はなぜ床に頭を打ちつけるのか、なぜ奇声を発するのか、息子とのコミュニケーションをあきらめていたミッチェル氏に希望の灯がともった。そしてミッチェル氏の訳した本は、自閉症の子どもを持つ、世界の多くの家族も救うことになった。
ミッチェル氏はこの春に来日、東田さんと感動の対面を果たした。これは、日本の自閉症の若者と外国人作家の出会いから生まれた希望の物語である。

http://www4.nhk.or.jp/P3229/26/
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# by ayako_HaLo | 2014-08-14 22:07 | HaLo news | Trackback | Comments(0)
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7月26日(土)17:30〜18:50に放送の「報道特集」内で放送されるドキュメンタリー映像のナレーションをしました。

戦争末期、海軍が最後の望みを托した秘密兵器の開発実験場が島田市にあったことが、明らかになります。最終兵器Zと名付けられた、その光線兵器の末路とは。

海軍が当時の日本中のそうそうたるメンバーの物理学者を集めて編成された兵器の実験所が島田にあったこと、そこで開発されたマグネトロンがその後どうなったのか、番組内で明らかになります。戦後69年経って、ようやく当時の秘密が明らかになる、戦争ってそういうことなのだと思います。

同じ番組内で放送予定のウクライナからのレポも興味があります。どうぞご覧ください。


http://dimora.jp/digital-program/531-8218/92DF/?areaId=03
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# by ayako_HaLo | 2014-07-25 22:58 | HaLo news | Trackback | Comments(0)
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盤が出来上がって、手にとってから、ウーハーでボトムアップした車の中でずーっと聞いているライブ盤です。もうすぐ逝ってしまって二年。

7/11(金)には、三回忌ライブも行います。
  ●場所:新世界(六本木)

  ●出演:
  松永孝義 The Main Man Special Band
  桜井芳樹(Gt) / 増井朗人(Trb) / 矢口博康(Sax,Cl) / 福島ピート幹夫(Sax)
  エマーソン北村(Key, Cho) / 井ノ浦英雄(Drs, Per) / ANNSAN(Per)/
  松永希(宮武希)(Vo, Cho) / ayako_HaLo(Cho)

  ゲスト:
  松竹谷清(Vo, Gt) 、ピアニカ前田(Pianica)、
  Lagoon/山内雄喜(Slack-key. Gt)、田村玄一(Steel. Gt)

  ●開場:19:00 / 開演:20:00

  ●前売り予約: ¥3,500(ドリンク別)



ジャケットの写真は、私の撮影。コーラスもやっています。聞いてると、ホントにいいバンドだなあ、と思う。もっともっとずっと続けたかった。

以前出ているソロアルバムに収録されている曲も、ライブならではのグルーブや雰囲気があるし、アルバムには収録されていないけれど、ライブではずっとやっていた曲もあるし、笑える松永さんのMCもあるので、聞いてください。

松永孝義
『QUARTER NOTE』
~The Main Man Special Band Live 2004-2011~

全14曲収録
ライナーノーツ:こだま和文 / エマーソン北村
CD品番:PPRS-0227
Distribution:P-VINE Records
定価:\2,500+税
発売日:6月18日
Info: http://matsunagatakayoshi.wix.com/home

【参加ミュージシャン】

松永孝義 The Main Man Special Band

松永孝義(Bass)
桜井芳樹(Gt) – ロンサム・ストリングス、小松亮太
増井朗人(Trb) – ex THE MAN、ex KEMURI、ex THE THRILL、ex MUTE BEAT
矢口博康(Sax,Cl) – ガストロノミックス、ex 東京中低域、ex リアルフィッシュ
福島ピート幹夫(Sax) – KILLING FLOOR、ex 在日ファンク
エマーソン北村(Key, Cho) – シアターブルック、ex JAGATARA、ex MUTE BEA
井ノ浦英雄(Drs, Per) – 海の幸、ex サンディ-&ザ・サンセッツ、ex久保田麻琴と夕焼け楽団
ANNSAN(Per) – THE MANDOLIN BROTHERS、東京TOWERS
松永希(宮武希)(Vo, Cho) – ex RING LINKS
ayako_HaLo(Cho)
田村玄一(Pedal Steel, Cho):track 5 – キリンジ、ロンサム・ストリングス、LITTLE TEMPO
今井忍(A.Gt):track 5 – アーリータイムス・ストリングス・バンド
松竹谷清(E .Gt):track 13 – ex トマトス

【収録曲】

01, Momma Mo Akoma Ntutu (Yao Boye, Nathaniel Akwesi Abeka)
02, Jazzy (Willie Colon)
03, Caminando Despasio (大原裕)
04, Two-Step (松竹谷清)
05, Pua Lililehua (Mary Kawena Pukui, Kahauanu Lake)
06, Malaika                    
07, Dali Ngiyakuthanda Bati Ha-Ha-Ha (George Sibanda)
08, よろしく (大原裕)
09, Walk Slowly (大原裕)
10, メンバー紹介
11, Africa (Rico Rodriguez)
12, Hip Hug Her (Cropper, Dunn, Jackson, Jones)
13, Two-Step (Astro Hall 2004)
14, La Cumparsita (Gerardo Matos Rodríguez)
15, Momma Mo Akoma Ntutu (Shinsekai 2011)
total time 77:53
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# by ayako_HaLo | 2014-06-19 00:01 | HaLo news | Trackback | Comments(0)
ナレーションを読んできた静岡放送のドキュメンタリー。5月25日(月)0:55〜

最終兵器「z」。
島田市にその実験所があったことを初めて映像に収めたのが20年前。そのときは、土を被せられていて、よくわからなかったものが、今回、河川工事にともなって、削り取られることになったために、発掘され、姿を表しました。

戦時中は戦時機密として、隠され、その後は、負の記憶として隠され続けてきた。戦争に関しては、本当に秘密だらけ。そんなことを許しちゃいけないと思うけど、また、そっちに向かってる69年目。そんな想いで読みました。今回は、静岡県内オンリー。全国放送になることを願っています。

終わってから見つけて関連しそうな記事。
http://etawill.com/loc/13156/


SBSスペシャル「Zの憂鬱 ー島田実験所 69年目の深層ー」 
5/26 (月) 0:50 ~ 1:45 (55分)
SBS(Ch.6)

番組概要

島田市牛尾山。そこはかつて旧海軍が秘密裏に建設した「Z兵器」の実験所だった。

番組詳細

「Z」とは文字通り「最終」を意味する。大井川では、現在、河川改修が進められ、今年度にも牛尾山に残る実験所跡が削られることになっている。日本の科学技術史の中で果たしたその歴史的意義は実に大きい。その一方で「殺人光線」という負の側面によって、戦後、長きに渡って封印されいまだ存在すら知らない人も少なくない。時代とともに消え行く戦争遺跡を見つめながら、

約70年前、何があったのかをアメリカ取材も交え資料や証言でまとめる。そして「戦争と科学」について、その功罪について考える。

SBS静岡放送
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# by ayako_HaLo | 2014-05-20 01:25 | HaLo news | Trackback | Comments(0)
2月4日(火)、無事に下北沢にあるライブハウス440でのレコーディング・エンジニアの藤井暁さんを偲ぶ会を終えました。

途中、かなり大粒の牡丹雪が降ったりして、とても寒い日でしたが、11時のオープンから、入れ替わり立ち代りひっきりなしに縁のあった方たちが足を運んで下さり、お見かけしたことはあるものの、ちゃんとお話したことがなかった人、とても濃いお付き合いをしていたのに、最近ご無沙汰だった人、話は聞いていたけど、お会いしたことなかった人、とうとうチャンスがなくて話しかけられなかった人、たくさんの方たちのお陰で穏やかで優しい空間になりました。

本来の貸し切り時間の21時まで、あっという間に時間が過ぎ、一旦中締めをして、12時過ぎまで、お酒を飲む人、ご飯を食べる人、お茶を飲む人、名刺交換をする人、誰かと誰かを紹介する人、それぞれにいい時間を過ごしてくださったように思います。

何人もの方から「こういうのいいね」「自分の時もこういう会をやって欲しい」という声を聞きました。生前の藤井さんは、「みんないつか死ぬんやから」という感じでお葬式や偲ぶ会なんかには、ほとんど足を向けなかった人でしたが、残された私たちにとっては大切な時間になったと思います。

あれだけそうそうたるミュージシャンが会場にいながら、誰一人演奏しなかった、というのも良かったのかもしれません。

私自身は、亡くなってもなお、人をつなぐ藤井さんのエネルギーを感じていたので、あちこちで、知り合ってない人たちをつなぎ、私もつないでもらって、何だかバタバタの一日でした。ゆっくり「偲ぶ」というよりは、「ありがとね」な感じだったし、まだまだ、自分の中で、藤井暁の死を飲み込めていない、というか、まだ、「ちょっと電波の悪いところにボランティアに行ってた」と言って、ひょっこりメールが来そうな幻想から抜け切れないでいます。

最後まで謎は謎のまま、な部分もたくさん残っていますが、また時々集まって、藤井暁の謎とき会でもできたらいいなと思います。

しばらく徹夜で書いていた、このブログを「読みました」とお礼を言ってくださる人に何人も会い、ああ、とりあえず勢いで書いて良かったなと思います。まだ書くことはあるので、そのうち書きたいと思いますし、今回寄せてもらったメッセージもボチボチ時間を見つけて「藤井暁を偲ぶ」というHP
http://fujiisatoru.jimdo.com/
に掲載しています。

ひとまず、みなさま、ありがとうございました。

急逝したレコーディングエンジニア藤井暁さんのこと01(出会い)
急逝したレコーディングエンジニア藤井暁さんのこと02(生死に関わること)
急逝したレコーディングエンジニア藤井暁さんのこと03(今現在)
急逝したレコーディングエンジニアの藤井暁さんのこと04(録音のこと)
急逝したレコーディングエンジニアの藤井暁さんのこと05(偲ぶ会を終えて)

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# by ayako_HaLo | 2014-02-08 04:11 | friends | Trackback | Comments(2)
先日、ナレーションをしてきたNHK BSのドキュメンタリーが放送になります。

震災で、ペットを連れて避難しなかった・できなかった人たち、その後、何とか避難所でともに暮らす環境を作れた人たち、家に残されたペットたちの世話を続けるボランティア。

環境省は「災害時に飼い主はペットを連れて避難するべき」としたガイドラインを発表したそうです。
でも、自分の住んでいる自治体で、それは可能なのか、どういう状況が発生するのか、災害が起こる前に考えて置く必要があるいろいろなことを考えさせられたことでした。
ご覧ください。
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2014年2月5日(水)午後5時00分~
再放送:2月7日(金) 午前2時00分~2時28分 ※木曜深夜
もう一度ペットと暮らしたい
~ アフシン・バリネジャド/ジャーナリスト ~

来訪地域:福島

東日本大震災では、およそ13000頭のペットが被災。避難できず命を落とす例も多かった。環境省は「災害時に飼い主はペットを連れて避難するべき」としたガイドラインを発表したが、現実には様々な問題がある。放置されたペットを預かって新しい里親を探すシェルターや、工夫してペットを飼うための施設を作った仮設住宅など、福島の取り組みを東京在住のジャーナリスト、アフシン・バリネジャドが取材した。 

" TARGET="_blank">http://www.nhk.or.jp/ashita/tomorrow/
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# by ayako_HaLo | 2014-02-05 15:55 | HaLo news | Trackback | Comments(0)

2013年を振り返って

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2010年を振り返って…という文章を、
2011年の3月に書いている途中で震災に遭い、
それ以降、毎年やっていたこの作業が途絶えていました。
年賀状もありがたく頂くのみで、返しもせず、大変失礼してきたと思います。

4年のブランクを経て、2014年、久しぶりに2013年を振り返ってみようと思います。

2013年も素敵な企画のナレーションにお声をかけていただきました。
NHKのBS1で放送中のTOMORROW beyond 311という
ドキュメンタリー番組では蔡國強さん、デヴィッド・ビントレーさん、
ディエゴ・ラヘさん、アレクセイ・ミハルチャンカさんのお話を読み、
SBS制作の「希求~ある野球人が投じた一球」というドキュメンタリーは、
その後TBSの報道特集で全国放送にもなりました。
CSのアタラシイキズナでも久しぶりに「ギークハウス」という面白いシェアハウスのお話を読みました。

CMでは、パナソニックの企業CM、
毎年やらせて頂いているサントリーホールのラジオCMもいつものように素晴らしい作品でした。

JASRACのミュージックジャンクションでは、
サカキマンゴーさんの親指ピアノ、
ポストモダンジャズ
(佐藤允彦さんのピアノと相倉 久人さんのお話)の回で
引き続き司会をさせていただきました。
毎回私が一番楽しんでいるかもしれません。

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ライブもあちこち声をかけていただいて歌いましたが、
中でも「旅のカフェ」という茨城県内の
「普通にそこにある風景」を旅する企画の一環で
ガラスの温室に夜灯りを灯して歌わせてもらったのと
「野口雨情の幻の民謡」を歌ったのは、これまでにない経験でしたし、
年初から、カサマハロというウクレレグループに参加させてもらったおかげで
10年以上宝の持ち腐れになっていたネコレレがようやく陽の目を見、
自分自身のライブでも時折弾きながら歌うようになりました。

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また、授乳服のモーハウスのCMソングを作って歌いました。
なかなかいい曲が出来たと思いますし、ウクレレでまのあぴの二人に演奏していただきました。

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9月には、仕事でとんぼ帰りしかしたことのなかった北海道に初めて家族3人で旅行に行き、
友人と一緒にアイヌのおばあちゃん遠山サキさんにお会いしたり、
牧場を始めようとしている友人に会ったり、
旭山動物園に行ってきました。
北海道はでっかかった!

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2012年6月6日に生まれ、1月6日で1歳7ヶ月になる娘は、
真似が上手で毎日驚くべき言葉を覚え、
食欲、好奇心旺盛で小さな自我が芽生え始めて来ました。

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娘がいて、畑作業が収縮するか?と思ったのですが、
どういうわけか、逆にがんばってしまっていて、
数年休んでいた苗作り、種採りもすこ〜しずつ復活していますし、
コンニャクとか、小豆とか、ハヤトウリとか、干し芋とか、
あんまり家庭菜園の人が手を出さなそうなものも育てました。
そんなこんなで、たくあん、野沢菜漬け、
ケチャップ、ソース、醤油、トマトソースなども畑からの材料で作りました。

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blackbirdというトラットリアのシェフに教わる
クッキングスクールに通ったお陰で、
家で食べるパスタが劇的に美味しくなり、回数も増えました。
しかし、畑からの材料がたくさんあるので、
毎回具だくさんになってしまい、
見かけや盛り付けの上達には程遠いです。

近所の、草っぽ農園の離れで月に一回、
主にお母さんたちを相手に
社会のコトや、
NVC(非暴力コミュニケーション)についての読書会をやり始めたのも
自分自身がとても勉強になっています。

娘にまだまだ手がかかり目が離せない毎日なので、
何もかもそろ〜り、そろりな日々ですが、
2014年もやりたいことをやれるだけやりたいと思っています。
どうぞよろしくお願いします。

PS
年始のご挨拶としては不適当かと思いましたが、
2013年、大きなことは、やっぱり藤井暁さんを亡くしたこと。
3月には、栃木の旦那のおばあちゃんも亡くしたこと。
そして、ギタリストのBob Brozmanさんも亡くしました。
2012年には、ベーシストの松永孝義さん、
長野の母、大久保孝子さん、を亡くしたことも大きかったです…。
改めて、毎日を大切に生きたいと思う年始です。
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# by ayako_HaLo | 2014-01-06 18:29 | HaLo news | Trackback | Comments(0)
話をするのが好きな人だったので、昔の話もたくさん聞かせてもらったのだけど、私の記憶力が貧弱なために、間違って理解してたり、忘れちゃったりしているところがたくさんありそうだし、あえて、話さなかったこともあったみたいだ、ということを断った上で、書いておこうと思います。

中学は途中で行かなくなった、という話でした。中学は、出席せんでも卒業させてくれるんやなあって言ってました。最終学歴は中卒です。学校に行かなくなって何をしていたかというと、あちこちのコンサート会場に出没したり、学生運動の「伝令」になったりしていたそうです(中学生だからバリケードをくぐり抜けるのも簡単だったとか)。パトカーをひっくり返したり、公権力に対して、かなり手荒なことをしていたらしい話も聞きましたし、逆に、手荒なこともされていたようです。

音楽の世界に仕事で入ったのは、そんな頃だったようで、一番最初の仕事は美空ひばりさんのステージ袖に控えていて、ひばりさんが、ステージに出られるときに、マイクを渡す係だったそうです。タイミングよくマイクを渡すことが出来て、褒められた、と言っていました。レコーディングエンジニア、音響の道に進んだのは、そんなふうに最初の仕事が音響関係だったから…という理由で、その時に、舞台の仕事をしていたら、舞台の仕事についていただろうな、とも言っていました。

どちらにしても、表に出て何かをするというよりは、完全な裏方の人でした。

友達から借りたギターをこっそり売っぱらって旅費を作って(大げんかになったそうですが)ウッドストックに行った話や、あちこちのコンサートに忍び込んだ話も聞きました。言葉も出来ない状態で、NYのスタジオに入り込んで、文字通り仕事のノウハウを見て盗んでいるうちに、仕事をやらせてもらうようになったとも言っていた気がします。

自分のエンジニア、プロデュースの師匠はイギリス人のSteve Nye(スティーブ・ナイ)だとよく言っていました。この人はペンギン・カフェ・オーケストラのメンバー、プロデューサー。ペンギンカフェのサイモンは、藤井さんが京都時代にやっていたカフェに時々出入りしていたとも言っていたと思います。

スティーブに教わったことは、プロデュースするときに、プロデューサーの色が強く出るのではなく、アーティストが一番気持ちよく本人が表現したいことが素直に表に出てくるように、その環境を整えることだ、と。だから、アーティストが違えば、全く雰囲気の違うものになって当たり前だ、と、そんなふうに言っていました。プロデュースする、ということは、生半可なことではなくて、全方位に対して責任を追うことだから、そんなにたくさんやれることじゃない、これからの自分の人生の中で何枚やれるかだ、と、HaLoのプロデュースをすることになったときに言われました。HaLoのアルバムは"blue", "yellow"に藤井さんの名前がプロデューサーとしてクレジットされていて、"green"は途中になってしまいました。その後、何人かプロデュースする準備をしていたようでしたが、はっきりプロデュースした作品と聞かされたものはなかったので、HaLoが最後だったのかもしれません。

「色をテーマにアルバムを作りたい」初めて私がやりたいことを伝えた時は「意味が良くわからない」と言われました。直前に沖縄の座間味という離島に行って、その海を眺めていた時「見たことのない青だ!」と心を動かされ、自分の持つ「色」のイメージというのは「拡張するんだ!」という体験をしたのがきっかけで思いつき、東京に戻ってきて興奮気味に語る私の言葉は、感覚だけ並べ立てたものだったのかもしれません。自分の持つ色のイメージが拡張するということは、それぞれの人が持っている色のイメージは微妙に違っているはずで、それが違う国で、違う文化で生活してきた人との間だったら、重ならない部分がきっとたくさんあるはずだから、いろいろな国のアーティストたちと、その人達の持つ色のイメージを音にしてもらってアルバムを作りたい。色のグラデーションを音で表したい。私のこのイメージが伝わった時は、とても面白がってくれて、よしやろう!という話になりました。ほぼ時を同じくして、たまたま知り合った大手レコード会社のディレクター・代表取締役が、このアルバムを出したい、という話になり、本格的にアルバムの制作がスタートしていきます。その時には、既にblue, yellow, greenの三部作にする、ということまで決めていましたので三作セットでという話で進めました。

このプロジェクトの途中で、このレコード会社とはいろいろあるのですが、その話はまた別の機会にするとして、今は録音の話だけにしようと思います。

一枚目は沖縄の海でインスピレーションを受けた「青」にする、ということも決まっており、既に、アルバムのジャケット写真のイメージも私の中にありました。海で泳ぐ私のシルエットの背に太陽の光があって、それを下(海中)から写す、というものでした。海+太陽という自然物では、コントロールが出来ないから、プールを借りて撮るのではダメなのか?と言われましたが、私はダメだと。それが難しいかどうかよりも、表現したいものがあるわけですから、プールで人工灯で太陽を作った写真なんか、ありえないわけです。藤井さんとしても、プールでやろう!というよりも、私の意向の確認だったのかもしれません。そんなこともあって、そのジャケット写真をまずは撮影しようということで、座間味に飛んで撮影しました。(どんどん長くなるので、この撮影の話も、また別の機会にしますか…笑。どんだけ書く気やねん、と自分で思っています)

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このジャケット写真の撮影と平行して、blueでは、どんなアーティストとコラボするかという準備も進めました。blueなイメージのアルバムを何枚か勧められて聞いたり映画を見たり、この人はどうか、というアーティストの音源を聞かせてもらったり。フィンランドのカンテレというテーブルハープの音を聞かせてもらって、おー、これは是非blueに!と思っているタイミングで、各務、海老原夫妻のお宅にフィンランドのミュージシャンをマネジメントしているphillip pageが来ているということで会いに行ったり。思い出すとホントに色んな方たちに出会いをつないでもらいました。

そんなこんなで、だいたいやりたいメンバーが出揃って来て、そのアーティストたちに一緒に録音したいというラブレターを書いたり、説明するために撮影したジャケット写真を持って直接ロンドンのアーティストを訪ねたり、グラスゴーのフェスティバルに来ていたフィンランド勢に会いに行ったり、そんな準備に結構な時間を費やしました。そして、実際の録音も、一ヶ月半ほどの海外スケジュールの中で、ロンドン、ヘルシンキ(フィンランド)、ドノステア(バスク)でいくつかのセッションのスケジュールをパズルを組み合わせるように設定し、東京、クアラルンプール(マレーシア)の録音も組み立てていきました。連日、メールやファックス、電話でいろいろな人たちとやりとりを重ねた日々でした。

HaLoに関しては、ミックスは全て藤井さんでしたが、録音に関しては、世界のあちこちで録音する、というコンセプトだったこともあって、全てを藤井さんが録音したわけではありません。ただ、録音物の管理は全て藤井さんがやってくれ、一枚目のblueの録音時(1998年〜99年)は、まだアナログマルチテープを使用していましたから、テープの量・重さだけでも大変なものでした。私では片手で持ち上げるのが難しい重さの一本のテープに15分しか録れないので、本数も必要です。そのテープを何本も担いで、海外のスタジオを何箇所も移動するのは、大変なことだったと思います。それでも、タイミング的に一枚だけでもアナログ録音でアルバムを制作することが出来て、その体験が出来てよかったよね、と後から時々二人で振り返ったものです。

blueの録音はアナログで行いましたが、ミックスは、プロツールスというデジタルのミキサーの中で行いました。ちょうど、パソコンの中のソフトで録音とミキシングができる、そんなソフトが幾つか出てきたあたりで、私にはちんぷんかんぷんでしたが、よく他のエンジニアの人たちと、情報交換をしていました。その中で藤井さんが選んだのはプロツールス。blueのミックスと、それ以降の録音はプロツールスのお世話になることになります。

ミックスも、プロデュースの話と同じで、ド派手なミックスをすることはまずありませんでした。ボーカルをドカンと全面に出すこともありませんでしたし(これは、レコード会社と、ギリギリの交渉を要することもありましたが…)、耳に残すために神経に触れるような音の立て方をすることもありませんでした。そんな静かなミックスが私も好きでしたから、ミックスで意見が対立したり…ということは全くなく、まず藤井さんの考えるミックスが固まってきた段階で聞かせてもらって、私がもっと聞きたい所、もっと立体性がほしいところ、そんな微調整をやってもらう、そんな感じでミックス作業をしました。

マスタリングは、ロンドンのメトロポリスマスタリングというスタジオのTony Cousinsにお願いしました。この人は、藤井さんが自分でプロデュースした作品の仕上げをお願いする数人のマスタリングエンジニアの一人で、HaLoにはこの人、という感じで決めてくれました。それまで、マスタリングって何するの?という感じだった私も、トニーの手にかかる前のミックス音源(穴が空くほど何度も聞いている音)とマスタリング済みで返ってきた音の「輝き」の違いに驚いたものです。藤井さんも、信頼しているマスタリングエンジニアの手に最後を委ねることができ、返ってきた仕上がりに満足しているようでした。

録音に関しては、それ以前にも、移動できる録音機材を持ち込んで、響きのいいホールなどで録音していたようですが、そこからは、私のプロジェクトでも場所をスタジオと限らずに録音し始めます。私の場合、多かったのは、ミュージシャンの自宅。特に海外のミュージシャンの場合は、自宅が広く天井が高くていい響きだったり、周囲の音がほとんど気にならなかったり、リラックスできたり、録音終わってすぐにご飯作って食べられたり、スタジオバジェットが節約できたり、いろんな理由から自宅での録音も増えていきました。アルバムのための録音じゃなかったけれど、東京では、La Cana(下北沢にあるカフェ)でも録音させてもらったり、ロケーションレコーディングの思い出は、それぞれにたくさんあります。(それも、また機会があったら書こうかな…)

写真は藤井さんがスタジオ以外で録音するときに使用していたプロツールスのセット。(これは多分BOOMのコンサート録音@日比谷野音の時かな)これより後のセットがあるかもしれないけれど、HaLoの録音その他で私がずっと一緒にいた1999年~2005年頃使っていたのはこれでした。このPowerBookはもともと私のもので、状態が良かったので、録音専用として藤井さんの手に渡ったもの。

急逝したレコーディングエンジニア藤井暁さんのこと01(出会い)
急逝したレコーディングエンジニア藤井暁さんのこと02(生死に関わること)
急逝したレコーディングエンジニア藤井暁さんのこと03(今現在)
急逝したレコーディングエンジニアの藤井暁さんのこと04(録音のこと)

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# by ayako_HaLo | 2013-11-30 02:28 | friends | Trackback | Comments(2)
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ここ数日、毎日、とても仲が良かった友人で、レコーディング・エンジニアの藤井暁(藤井さん)のことを思い出し、少しずつブログに書いたり、共通の親しかった人たちに、訃報の連絡を入れたり、メールアドレスが変更になって連絡がつかなかった人たちの連絡先を探したり尋ねたり、そんなことをしてきました。そんなこんなで寝不足気味です。

DNA鑑定はまだ時間がかかるようですし、偲ぶ会の日程もまだたたない中、ある友人に言われて「そうだな」と思ったのですが、きっと一人でお通夜をずっとやっているんですね。故人の生前のいろいろなことを思い出し、それを話したり聞いたりして泣いたり笑ったりする、故人がつないでくれたご縁に感謝する…、それがお通夜の場だろうと思います。何人かの方とは、直接会ったりお電話でだったりで、お話をすることが出来て、少し気持ちが楽になった部分もあるのですが、まだまだ全然語り尽くせていないし、まだまだ知らない部分が多い人だった。だから、偲ぶためのそういう場はいずれほしいと思っています。今は、それがまだ持てない中、一方的にブログで発信の方だけをやっている。そして、読んでくださっている方たちも、きっと同じように、読みながら偲んでくださっているのを感じています。

訃報の前に、もともとスケジュールされていたライブでしたが、このタイミングで今週末に歌うことになっていましたので、その場を、勝手にこっそり藤井暁追悼ライブにしようと決めました。また改めて、こっそりじゃない追悼ライブもやれたらいいなと思っています。

特定秘密保護法案も衆議院を強行通過してしまったこのタイミング。藤井さんが生きてたら、これに関連するニュースをバンバン私のところに送ってきてたと思います。そんなことも含めて追悼しつつ歌います。

日時:2013年12月1日(日)16:00〜(めがね〜ず、という別のバンドが15:00〜演奏)
料金:ワンドリンク ¥500
場所:東風舎(EAST WIND)
        〒309-1611 茨城県笠間市笠間2192-3 TEL&FAX 0296-72-5205


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# by ayako_HaLo | 2013-11-29 00:59 | HaLo news | Trackback | Comments(0)
藤井さんはとても猫が好きでした。猫だけじゃなく、動物が好きだったのかもしれません。この話はまた改めて書こうと思っています。

ご自宅で亡くなった状態で発見されたので現在DNA鑑定中で、現在、藤井さんのお骨は世田谷区の豪徳寺の無縁塔というお墓の中に安置されているそうです。

豪徳寺といえば、招き猫。藤井さんも好きだったお寺で、私も一緒に行ったことがあります。大小様々な招き猫がものすごい数いるお寺です。そんなところにお骨が運ばれるように考えていたわけじゃないだろうと思うんですが、なんとなく、そこまで計画していたのかな…と思わせられる、そんな人でした。魂みたいなことは信じてなかったけど、信じる、信じないにかかわらず、もしかしたら今、身体から魂が抜けた状態でいるかもしれません。だとすれば、豪徳寺に安置されていることを喜んでいる気がします。自分が信じてないと公言していたくせに、まだお参りにも行っていない私を冷たい、と思ってるかもしれません。(ごめんね、そのうち行くね)

お問い合わせをいただいたので、「無縁塔というお墓の中に」という部分を追記しました。

写真は、沖縄で仲良くなった猫だと言って2008年5月に送ってきた猫の写真。珍しく自分の足が写り込んでいました。

急逝したレコーディングエンジニア藤井暁さんのこと01(出会い)
急逝したレコーディングエンジニア藤井暁さんのこと02(生死に関わること)
急逝したレコーディングエンジニア藤井暁さんのこと03(今現在)
急逝したレコーディングエンジニアの藤井暁さんのこと04(録音のこと)

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# by ayako_HaLo | 2013-11-28 03:32 | friends | Trackback | Comments(0)