自然農川口由一さんの田植え実習
2005年 07月 04日
場所はJR青梅線小作(おざく)からバスに乗って移動した山間の田んぼ。
初めて目にした自然農の田んぼは、これまでの私の頭の中にあったイメージと全然違っていた。まず、高低の差が微妙にある場所なので全体を数カ所に区切って水の高さを調節できるように畦が作られている。その1枚の田の中に大きな「畝」が作られ(4mx7.5mくらい?)、その回りにできる低いところが溝になっている。昨日の雨もあり、溝(幅、深さとも30-40cmくらいかなぁ)には水がたまっていたが、これは水稲栽培の時は水をたたえ、裏作の麦栽培の時にはその部分が水はけの役目を果たすのだそう。そして、頭では分かっていたつもりでも一番驚いたのは、稲を植える畝にはたくさんの草が生えていたこと。
佐賀に育ったから何となく普通の田んぼの様子は見て育った。麦を刈り終えた田んぼは、一面レンゲソウが緑肥として植えられていることはあっても(それもとても減ったなあ)、その後しばらくしたらトラクターで耕され真っ黒な土をむき出しにされる。そしてそこに水を張り、田植機で稲を植える、というものだった。
自然農の田んぼは耕さない。でも稲も夏草、田んぼに生えている草たちも夏草という状況では、草ぼうぼうのところに田植えをしたら、稲ががんばっても「草」に負けてしまうから、田植えをする時に、生えている夏草を地面すれすれのところで刈って、その場にまんべんなく散らす。田から持ち出さない、持ち込まない。根はよっぽど茂るタイプの「宿根草」以外は畝に残す。
稲の苗は4月に苗代を作り育ててあったものを植えた。田の一部を苗代に作り替え、種を蒔いたのだろうなぁ。自然農の田の一部を苗代にしたのだから、稲の苗の中に草も混じっている。中にはパッと見て「稲か?否か?」と分からない草も何種類かある。
見分け方:稲はすでにいくつか分蘖しており平べったくなっている。
稲は茎の部分がかなり固い。
稲の葉は細く、黄緑色。
稲の葉の中心には白い筋は入っていない。
稲は内側の葉が出て来るところに「ひげ様」の毛が生えている。
草は茎が柔らかい。根に近い部分が赤いものもある。
しばらく稲か否かの見分けをさせてもらってかなり見分けられるようになったと思う。
植える間隔の目安の為にロープが用意してあった。25cm間隔に赤いビニールテープが巻いてあり、この印のところに植える。その列と隣の列との間隔は40cm。これは前もって田の端の方に40cm間隔で棒を立てて印をつけておくと便利。
田植えの時には畝には水を張らない。地面が見える状態、水分的にはひたひたの状態で。田植えが済んだら5cmくらいの水をはってやる。
苗の方は、苗代から深さ2-3cmのあたりを鍬でかき上げ、一株一株を土をつけたまま植えて行く。植える時に、鎌の先で地面に苗の土と根の大きさくらいの穴をあけてやり、稲が元々生えていた深さと同じところに地面がくるように埋める。これはそれより浅いと稲が体を支えられず、これより深いと根元から分蘖する性質があるのに、その性質を止めてしまって分蘖しないのだとか。植える時は軽く土を整えるだけ。地面を強く押さえつけてもいけないし、苗の根っこをまとめたり傷つけないように注意する。
稲の一株というものが、分蘗に分蘗を重ねてあの量の穂束になるのだということを初めて知った。一カ所に何株かまとめて植えているものだとばかり思っていた。すごいなあ。一粒の種「玄米」から数百粒のお米が出来る。つまり数百の子孫を残す。
田んぼには本当に色々な虫、草たちがいた。芹、野生のヒエをはじめ名前を知らない無数の草たち。ゲンゴロウ、アメンボ、アブ、アリ、クモ、ミミズ、名前を知らない無数の虫たち。モグラが畦に穴をあけたりして、水が漏れているところもあった。畦は土を盛っておけばそれで固まるのだそうだ。不思議だ。田と田を隔てる畦にはいくつかパイプをかませてあり、そのパイプを使って水の出入りを調節する。田の水をはったり抜いたり自由自在。
自分で米を作る迄にはもうしばらく時間がかかると思うけれど、きっといつか少量でもお米を育てたい。自然農の田んぼは気持ちいい。
動力を使わず手で、また肥料や薬も使わず作業を行う。これは非効率的なように見えて、実は効率的なのだと、川口さんは言っていた。機械化、動力化、化学肥料を作る、農薬を作る行程において、大量生産が可能になった。しかしどれだけたくさんの人たちの手が関わっているかということかを考え、その人たちが生産しない分までの米を生産することを考えたら、全てなしで採れる米の量の方が遥かに効率がいい。確かにそうだ。人力と自然の力だけで、自然の「恵み」がいただけるのだ。そしてその「行為」がこんなにも気持ちのいいものなのに、自分が関わらないのは勿体ない気がした。
畑での実習内容はまた今度。