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制作プロジェクトHaLoを主宰するayakoが、音楽、写真などHaLoとしての活動について、また、mac、旅、映画、本、猫、食べ物、気になったニュースなどについて、徒然に綴ってます。


by ayako_HaLo
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映画『粥川風土記(かいがわふどき)』

これまた上映を知ったのが直前だったので、お誘いせずに土曜日に見に行って来た。12:30に上映を開始して、二度のフィルムの掛け替え休憩5分ずつを挟んで、162分のフィルム。通い始めてから十数年、取材を始めてから数年、フィルムを回したのは近年の数年というドキュメンタリー/記録映画。

長良川に注ぎ込む支流の「粥川」。

ここしばらくのキーワードとして「農」はもちろんなんだけれど、もう一つ大きなキーワードとして「水」というものが私の中にある。もともと水が大好きで、海も川もお風呂も、水のそばにいられるのは気持ちいいと思って来たけれど、何かにつけて、「水」が出て来ると反応してしまう。映画『タイマグラばあちゃん』の中でもじいちゃんが家を建てる場所を決めたのは「そこに水が湧いていたから」と言っていた。美しい水と心地よさは、限りなくイコールで結ばれる関係ではないのか、と思って来た。

そして、この映画の主題が「粥川」周辺の人々の暮らし。民族文化映像研究所という機関が制作しただけあって「民族学的な」その土地の暮らし/情報を網羅しようとする試みだったように思う。
「自然の水、自然の流れがきれいなのは、
その自然そのものの力であり姿である。
と同時に、それに寄りそって生きる
人の生活のありようと心の反映である。」

今回上映をしたTokyo Professionalsからのメールの言葉に惹かれる形で、長良川のことも、もちろん粥川のことなんて全く知らないまま会場に足を運んだ。川の水の美しいこと。そして、川の水が美しいのはそこに住む人々の心が美しいから、生活が美しいから、というのも分かる気がした。

映画の中に出て来るおばあちゃん(生活/子供を育てる為に絶対不可欠だったという状況から現在離れても尚、毎日畑仕事を続けている)の言葉(文意)
「何でも土に植えておけば、お天道様が育ててくれる」
その恩恵を受けることに感謝し、更に恩恵を受けずにはいられない、という口調だった。この土地も日本の他の山里と同じく、イノシシ、シカからの「被害」だけでなく、近年は「猿」の「害」も増えて来ている。別のおばさんは笑いながら「イノシシと猿の餌を育ててるのさ〜。残ったのを私たちがもらうの」と言っていた(文意)。最近の獣の害に、たまに見るテレビのニュース番組の中では、里の人たちは猿と「敵対」し、アナウンサーは「深刻な被害をもたらしている」と伝えるけれど、このおばさんたちの明るさ、というか達観はどうだろう。単に伝える側の「切り口」の違いで、里山の人たちの態度は同じなのか、この村落が特別におおらかなのか…。

古い「シシ垣」が張り巡らされた集落。「シシ垣」の周りには「落とし穴の罠」があるところもあるそうで、イノシシとは古くから「関わり」があったらしいことがうかがえる。昔はある程度の高さの垣があれば、イノシシが侵入できなかったものが、近年は2メートルくらいの塀なら飛び越えて来て、帰って行くのだとか。これは「進化」なのか、それとも「それほどせっぱつまっている」のか。

また、猿が里に現れることは本当に近年のことらしく、原因は恐らく山の中に豊富にあったはずの「栗」や「果物」の木が、「植林」の為に切り倒され、山の中で生活が成り立たなくなったためだろう、ということだった。木材になる木だけを植えたい「木の畑(林業)」の中では果物の木は「邪魔者」だったのだろう。猿が軽々と高い網の塀を飛び越え、畑で「おいしいもの」をいただいて帰って行く映像を見たら、これは対抗手段はないなぁ、と思った(塀に夜間だけ電流を流したりしているところもあるらしいが、やってるおじさんたち自身が「あまり効果はない」と言っていた)。

「テロとの闘い」と同じ話に見える。現在起こっている「困ったこと(表層)」だけに対処しようとしても無理なんだろうってこと。根源に立ち戻らないと…。猿やイノシシ。熊たちと住み分ける為には、山に彼らの居場所を取り戻すことが、例え数年〜数十年かかろうとも最終的には解決策になるのじゃないのかなぁ。もちろん彼らの住環境が良くなって数が増え、結局山を下りて来る可能性は否定できないけれど…。それとも、敵対を続けていたら、彼らが数を減らしていなくなってくれるのか…?

「自然農」として自分が関わる畑の中に、「自然の循環」を取り戻すことによって畑の中は「廻り始める」んじゃないか、と予感しているけれど、もう一つ引いたところで、イノシシや猿、熊のことまで考えると自分の畑の中だけのことでは済まない。広大な森や森林、林業をしている人たちとも関わって考えて行かないと解決しない問題。

この映画のお陰で、昔の林業のあり方を少しだけ見ることができた。雨や嵐で倒れた木材を「木馬(きんば)」という方法で運び出し、筏を組んで粥川を下る、という映像を見ることが出来た。林業。森林。これも今後のキーワードになりそうな予感がする。自分の生活になかなか直結しないし、山に暮らしたこともないから、気持ちを巡らせるのが難しい気はするけれど…。

いずれにしても「美しい水」はやっぱり「幸せの水」。
きれいな水の近くに行きたい/生きたいなぁ。
by ayako_HaLo | 2005-07-31 14:29 | films/pics